はじめに
近年、自治体やDMOが推進する観光DXにおいて、データ活用の重要性が高まっています。しかし、従来のデータ活用は、交通量や宿泊者数といった定量データに基づき、「トップ10スポット」の効率的な誘導や、既に人気のルートの最適化に偏りがちでした。その結果、特定の観光地への集中(オーバーツーリズム)を助長し、旅行者の体験を画一化させるという弊害も生じています。
今、観光DXの現場で求められているのは、アルゴリズムや検索ランキングに頼らない、地域固有の魅力や「隠れた名所」を発掘し、地方分散と高付加価値化を実現する新しいデータ戦略です。今回は、コミュニティの知見をデータ化し、観光客の「発見」と地域の「収益」を結びつける海外の最新動向を分析し、日本の自治体・DMOが取るべき戦略を考察します。
アルゴリズム観光への反発と「発見プラットフォーム」の台頭
従来の旅行情報収集は、検索エンジンや大手予約サイトのアルゴリズムに強く依存していました。これにより、誰もが同じ情報にアクセスし、結果的に皆が同じ場所を訪れるという現象が起きています。この「アルゴリズム疲れ」に対し、旅行者側ではより本質的で地域に根ざした体験、つまり真の「発見」を求める動きが強まっています。
このニーズに応えるソリューションとして、コミュニティ主導の旅行発見プラットフォーム「Funtryp」が登場しました。(参照:Akron Beacon Journal「Funtryp Launches Community-Powered Travel Discovery Platform as Travelers Reject Algorithm-Driven Tourism」https://www.beaconjournal.com/press-release/story/137345/funtryp-launches-community-powered-travel-discovery-platform-as-travelers-reject-algorithm-driven-tourism/)
導入されたソリューション:Funtrypの機能と狙い
Funtrypは、単なる地図やナビゲーションアプリではなく、「旅行発見プラットフォーム」として機能します。その核となるのは、地域住民、タクシードライバー、地元のクリエイターといった「リアルな人々」が共有する知識を構造化されたデータとして取り込む点にあります。
- 具体的な機能:
- 隠れた名所の推薦:検索ランキング上位ではない、地元民だけが知る飲食店、景勝地、歴史的ルートなどを共有。
- 経験ベースのルート探索:単なるA地点からB地点への移動手段ではなく、「最高の夕日を見るドライブコース」「特定のテーマ(例:郷土料理の歴史)を巡る体験型トリップ」といった、ストーリー主導のルートを提供する。
- コミュニティ・インサイトの活用:匿名化されたユーザーの行動データや、投稿された質の高い体験談を基に、アルゴリズムでは発見できないニーズを可視化する。
このプラットフォームの目的は、マスツーリズムを避ける旅行者、特に消費意欲が高く、深く地域と関わりたいと考える富裕層やリピーター層に対し、質の高い情報を提供することにあります。これにより、旅行者は滞在時間を延長し、地域経済への貢献度が高い消費を行う可能性が高まります。
データ活用による地域の意思決定の変化
日本の自治体やDMOがFuntrypのようなコミュニティデータ駆動型のソリューションを導入した場合、「データ活用」による意思決定は以下のように根本的に変わります。
1. 意思決定の変化:分散化戦略の具体化
従来、DMOが新しい観光地を開発する際、その選定はしばしば「知名度」や「既存の観光資源」に依存していました。しかし、コミュニティデータは、特定のスポットに紐づかない、「移動の動機」や「未開拓エリアの潜在的な魅力」を可視化します。
- 具体的な意思決定の例:
- ある地域のタクシードライバーが頻繁に立ち寄る、景色が良いが情報が全くない休憩所があるとする。従来のデータ(GPS移動ログなど)では単なる停車地点に過ぎないが、コミュニティ情報として「最高の朝焼けが見える」という体験談が紐づくことで、DMOはその休憩所周辺に小規模な飲食施設や体験アクティビティを誘致する意思決定が可能になる。
- 結果として、主要な観光スポットへの一極集中を避け、二次交通(ラストワンマイル)の利便性が低いエリアでも、高付加価値な体験を求める旅行者を確実に誘導できるようになる。
これは、単なる「混雑解消」ではなく、観光客の目的地を意図的に分散させ、地域全体の収益源を多角化する戦略の裏付けとなります。(あわせて読みたい:観光DX:富裕層の「隠れ家」へ、混雑解消と持続可能な収益)
2. ROIの変化:消費単価の向上とコスト効率の改善
アルゴリズムに縛られた情報では、価格比較競争が起こりやすく、体験価値が低下しがちです。しかし、コミュニティが提供する「隠れた名所」や「秘伝のルート」は、価格ではなく体験そのものに価値が生まれるため、旅行者の消費単価(特に地域特有のサービスや商品に対する支出)が向上します。
また、自治体が莫大な費用をかけて広告宣伝を打つ代わりに、地域住民や小規模事業者が「情報クリエイター」となり、自然な形で魅力を発信するため、プロモーションコストの効率が大幅に改善します。これは、特に財政基盤が弱い地方自治体にとって重要な持続可能性の要素となります。
日本の自治体が模倣できる汎用性の高いポイント
Funtrypの事例は海外のプライベートな取り組みですが、その成功要因は、日本の「デジタル田園都市構想交付金」や観光庁の「地域観光事業支援」の枠組みを活用し、各自治体が応用できる高い汎用性を持ちます。
汎用ポイント1:地域情報クリエイターのエコシステム構築
最も重要なのは、情報発信の主体を自治体やDMOから地域住民に移すことです。
- 具体的なソリューション(模倣点):
- データ投稿へのインセンティブ設計:地域住民や地元の事業者に、観光客を誘引する質の高い情報(ルート、体験談、ローカルな歴史)を投稿してもらう際、経済的または名誉的なインセンティブを付与する。
例:投稿された情報が実際の観光消費(例:紐づけられた店での電子決済)に貢献した場合、投稿者に少額の地域電子通貨を還元する。これにより、情報提供者が増え、データの鮮度と質が維持される。
- 「ローカルエキスパート」認定制度:特に優れたルートや知識を提供するタクシードライバーやガイドに対し、DMOが公的に「地域データエキスパート」として認定する。これにより、彼らの発言力が向上し、観光客からの信頼性も高まる。
- データ投稿へのインセンティブ設計:地域住民や地元の事業者に、観光客を誘引する質の高い情報(ルート、体験談、ローカルな歴史)を投稿してもらう際、経済的または名誉的なインセンティブを付与する。
汎用ポイント2:既存MaaSや地域交通との統合
日本国内では、多くの地域でオンデマンド交通や地域MaaS(Mobility as a Service)の実証実験が進んでいます。この移動DXのデータ基盤と、コミュニティデータを統合することが肝要です。
- 具体的なソリューション(模倣点):
- 移動動機と経路のデータ連携:「Funtryp」的なアプリで旅行者が選択した「体験ルート」と、実際のオンデマンド交通の配車データやGPSデータを連携させる。これにより、「隠れた名所」へのアクセスがスムーズになり、「不便」が解消される。(あわせて読みたい:観光DX:訪日客の「不便」解消、AI・MaaSが導く収益と持続性)
- 補助金活用の視点:デジタル田園都市構想の交付金を活用し、「データ連携基盤(データハブ)」の開発に焦点を当て、観光データと交通データを一元管理することで、地域経済全体へのROIを最大化する。
重要なのは、地域住民が提供する情緒的な情報(例:「この道の桜は穴場」)を、観光客が実際に辿れるように、具体的な移動手段(例:「このスポットへは○○デマンドタクシーの停留所Aから徒歩5分」)とシームレスに結びつける技術的な連携です。
収益(ROI)と持続可能性(サステナビリティ)への貢献
コミュニティデータ駆動型DXが、地域経済の収益性と持続可能性に貢献するメカニズムは以下の通りです。
ROIの構造:量から質への転換
このアプローチは、観光客の総数を追い求める「量の経済」から、「質の経済」への転換を意味します。
- 体験価値の向上と単価増:パーソナライズされ、地元民に裏付けられたユニークな体験は、単なるパッケージツアーでは得られない高付加価値を生み出します。旅行者は、このような質の高い体験に対して対価を支払うことを厭いません。結果として、客単価や滞在中の消費額が増加します。
- LTV(顧客生涯価値)の向上:検索ランキング上位に頼らない「自分だけの発見」は、旅行者に深い満足感と愛着をもたらし、リピート率を高めます。
サステナビリティの構造:摩擦の最小化と地域参画
持続可能な観光を実現するためには、観光客と地域住民の摩擦を最小限に抑え、地域の維持・管理コストを賄える経済構造が必要です。
- 混雑の緩和と環境負荷の分散:スポットを分散させることで、特定の地域やインフラへの負荷が軽減され、住民の生活環境の悪化を防ぎます。
- 地域住民のエンゲージメント向上:住民が「情報クリエイター」として参画し、その貢献が経済的に報われることで、観光に対する主体性と誇りが醸成されます。観光を「他人事」ではなく「自分事」として捉える構造は、長期的な協力関係の基盤となります。
まとめ
自治体やDMOによるDX推進は、単にデジタルツールを導入するだけでなく、「データの質」と「地域の関わり方」を刷新するフェーズに入っています。Funtrypのようなコミュニティ主導のプラットフォームは、アルゴリズムが隠してしまう地方の真の魅力を掘り起こし、それをデータ化することで、観光客に新たな「発見」を提供します。
日本の自治体はこの汎用性の高いモデルを模倣し、公的予算を活用して、住民をデータクリエイターとするエコシステムを構築すべきです。それこそが、オーバーツーリズムを避けつつ、地方に持続的で質の高い収益をもたらす観光DXの道筋となります。


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