タイ「TAGTHAi」のDX:データ活用で拓く、観光の収益と持続可能性

自治体・DMOのDX導入最前線(公的資金・補助金)

はじめに

日本の観光行政や地域振興において、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進は喫緊の課題となっています。特に、インバウンド需要の回復と、それに伴うオーバーツーリズム問題、そして地方部の活性化という二律背反するテーマを解決するためには、データに基づいた効率的かつ持続可能な観光戦略が不可欠です。政府が掲げる「デジタル田園都市国家構想」も、デジタル技術を活用して地方の社会課題を解決し、魅力的な地域社会を創造することを目指しており、観光分野もその重要な柱の一つです。しかし、単に技術を導入するだけでなく、それが地域経済にどのような収益(ROI)や持続可能性(サステナビリティ)をもたらすのか、具体的なビジョンと戦略が求められています。

本稿では、海外の先進事例から、自治体やDMO(観光地域づくり法人)がどのようにDXを推進し、データを活用して地域の意思決定を変え、持続可能な成長を実現しているのかを深く掘り下げます。特に、タイで成功を収めているデジタル観光プラットフォーム「TAGTHAi」の事例を取り上げ、その具体的なソリューション、データ活用の実態、そして日本の自治体が模倣できる汎用性の高いポイントを考察します。

タイのデジタル観光プラットフォーム「TAGTHAi」に見る、先進的DXの姿

2025年、タイのデジタル観光プラットフォーム「TAGTHAi」は、World Business Outlook Awardsで「Best Digital Tourism Platform Thailand 2025」と「Fastest Growing Travel Tech Brand」の2つの栄誉ある賞を受賞しました。これは、タイが観光分野におけるDXで国際的に高い評価を得たことを示しています。

参照元:TAGTHAi Receives Two Recognitions at the World Business Outlook Awards 2025 – The National Law Review

TAGTHAiは、タイ政府観光庁(TAT)が主導し、複数の民間企業と連携して開発された国家レベルの公式観光アプリです。その機能は多岐にわたり、単なる情報提供に留まりません。具体的には、以下の主要な機能を提供しています。

  • 観光情報の一元化:タイ全土の観光スポット、文化施設、イベント情報などを多言語で提供。
  • デジタルパス(Thailand Pass):公共交通機関の利用、観光施設への入場、特定の体験プログラムへの参加などが可能になるデジタルパス。これにより、観光客は紙のチケットや複数のアプリを使い分ける手間から解放され、シームレスな移動と体験が実現されます。
  • 電子決済機能:提携する地元店舗やサービスでのキャッシュレス決済を可能にし、利便性を向上させるとともに、観光消費の捕捉を容易にしています。
  • 体験予約・手配:宿泊施設、レストラン、現地ツアー、アクティビティなどの予約・手配機能を統合。
  • パーソナライズされたレコメンデーション:ユーザーの検索履歴や行動データに基づき、個々の旅行者の興味に合わせた観光地や体験を提案。
  • 緊急サポート機能:旅行中のトラブルや緊急時に備え、多言語対応のサポート体制をアプリ内に整備。

TAGTHAiが目指すのは、観光客の利便性向上に加えて、地元経済の活性化二次観光地の持続可能な成長です。このプラットフォームは、主要観光地だけでなく、これまでアクセスが難しかったり、情報が少なかったりした地方の隠れた魅力を発掘し、デジタルを通じて国内外の観光客に紹介する役割も担っています。400万以上のアプリダウンロード数を誇るこのプラビットフォームは、公共・民間セクター、そして地域の起業家たちとのパートナーシップを拡大し続けており、現代の旅行者のニーズに応える信頼性の高い国内観光プラットフォームとしての地位を確立しています。

TAGTHAiの成功を支える「データ活用」と意思決定

TAGTHAiの成功の鍵は、単に便利なアプリを提供することではなく、その背後にある徹底したデータ活用にあります。400万ダウンロードという膨大な利用実績から得られるデータは、タイの観光行政にとって極めて貴重なインサイト(洞察)を提供しています。

  • 観光客の行動パターンの可視化:どの国の観光客が、いつ、どこを訪れ、どのような交通手段を使い、どれくらいの期間滞在し、何に消費しているか、といった詳細なデータが収集されます。これにより、人気のある観光ルート、滞在時間の傾向、曜日や時間帯による混雑状況などが明らかになります。
  • 消費傾向の分析:電子決済機能を通じて、観光客がどのような商品やサービスに支出しているか、その金額や頻度を把握できます。これにより、特定の地域の特産品や体験がどの程度消費されているか、あるいはどの層に人気があるかといった情報が得られます。
  • 人気コンテンツとニーズの把握:アプリ内の検索履歴、ブックマーク、予約データなどから、観光客がどのような情報や体験を求めているか、そのニーズをダイレクトに把握できます。例えば、特定の文化体験やエコツアーへの関心が高まっていることなどがデータから読み取れます。

これらのデータは、タイの観光当局やDMOが観光政策やプロモーション戦略を策定する上で、きわめて重要な意思決定の根拠となっています。例えば、「二次観光地の地元企業の持続可能な成長を支援する」というTAGTHAiの目標は、データによって裏打ちされた戦略的な意思決定の結果です。主要観光地への集中がオーバーツーリズムを引き起こし、地域格差を生むという課題に対し、データ分析を通じて地方部の潜在的な魅力を特定し、そこにターゲットを絞ったプロモーションやインフラ整備、地元事業者への支援を行うことで、観光客の流れを分散させ、地域全体の収益向上と持続可能性を高めているのです。

このように、データ活用は、単なる観光客の利便性向上に留まらず、地域経済の課題解決、資源の最適配分、そして将来の持続可能な観光開発に向けたロードマップ作成に不可欠な役割を果たしています。

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日本の自治体が学ぶべき「汎用性の高いポイント」

TAGTHAiの成功事例は、タイと日本という地域特性の違いはあるものの、日本の自治体やDMOがDXを推進する上で多くの示唆を与えてくれます。特に、以下の3つのポイントは、多くの地域で模倣し、応用できる汎用性の高いアプローチと言えるでしょう。

1. 官民連携による「信頼されるプラットフォーム」の構築

TAGTHAiは、政府観光庁が主導しつつ、複数の民間企業が開発と運用に携わる「官民連携」のモデルを採用しています。これにより、国家レベルでの信頼性と、民間企業の持つ技術力やスピード感を両立させています。日本の自治体がデジタルプラットフォームを構築する際、単独での開発・運用は技術的・予算的に困難を伴うことが多いです。そこで、国(観光庁、デジタル庁)、都道府県、市町村、そして地域に根差したDMOが連携し、さらにITベンダーや地元の交通・宿泊・飲食事業者といった民間セクターを巻き込むことが重要です。特に、全国規模での共通基盤と、地域ごとのカスタマイズ性を両立させる「共通基盤+ローカライズ」のモデルは有効です。

公的補助金や予算の活用状況:TAGTHAiの具体的な予算規模は公表されていませんが、「公共・民間セクターと提携」という表現から、政府からの資金投入や、デジタル田園都市国家構想交付金のような国の補助金が活用されていると推測できます。日本の自治体も、デジタル田園都市国家構想交付金、観光庁の観光DX推進事業、地方創生関連交付金などを積極的に活用することで、初期投資のハードルを下げ、このようなプラットフォーム構築に挑むことが可能です。重要なのは、単発の補助金で終わらせず、持続的な運用を見据えた事業計画を策定することです。

2. 「不便の解消」と「収益化」を両立するユーザー体験

TAGTHAiは、観光客がタイ旅行中に直面するであろう「移動手段の確保」「情報収集の煩雑さ」「決済の不便さ」といった様々な「不便」を、一つのアプリで解消することを目指しています。これが、高いダウンロード数と利用率に繋がっています。同時に、デジタルパスや電子決済を通じて、地元の交通機関、宿泊施設、飲食店、体験プログラムへの直接的な消費を促し、地域の収益向上に貢献しています。

日本の自治体も、まずは地域の観光客(特にインバウンド客)が何に困っているのか、そのリアルな声を徹底的に拾い上げることが肝要です。そして、その「不便」を解消する具体的なソリューションをデジタルで提供することが、顧客満足度向上とリピーター獲得、さらには地域経済への直接的な収益として返ってきます。例えば、複数の交通事業者が存在する地域での統合的なMaaS(Mobility as a Service)アプリの導入や、多言語対応の観光情報・予約プラットフォームの整備などが考えられます。

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3. データドリブンな意思決定と持続可能性

TAGTHAiは、アプリを通じて収集される膨大なデータを活用し、観光客のニーズや行動を深く理解することで、より効果的な政策立案を可能にしています。これにより、単なる「感覚」や「過去の踏襲」ではなく、「データ」に基づいた客観的かつ戦略的な意思決定が行われ、二次観光地の活性化といった持続可能な観光開発へと繋がっています。データが示す傾向を元に、どの地域にプロモーションを強化すべきか、どのような体験コンテンツを開発すべきか、交通インフラをどう整備すべきかといった具体的な施策に落とし込むことができます。

日本の自治体やDMOも、観光客の移動データ(位置情報)、消費データ、ウェブサイト閲覧履歴、アンケート結果など、多様なデータを連携・分析する体制を構築することが急務です。これにより、オーバーツーリズム対策としての混雑予測と分散誘導、閑散期の誘客強化、特定層へのターゲットマーケティング、観光施設の投資対効果の測定などが可能となり、限られたリソースを最も効果的に配分できるようになります。データの収集・分析能力を強化することは、観光DXにおけるROIとサステナビリティを最大化するための基盤となります。

日本への応用における課題と機会

TAGTHAiの成功モデルを日本に導入する際には、いくつかの課題が想定されます。

  • 多様なステークホルダー間の調整:日本は自治体、DMO、民間事業者、交通事業者などが多岐にわたり、それぞれの利害関係やシステムが複雑に絡み合っています。これらを一つにまとめ上げ、共通のプラットフォームを構築するには、強固なリーダーシップと根気強い調整が必要です。
  • デジタルデバイドへの対応:地方部では、高齢者を中心にスマートフォンの利用に不慣れな層も多く、デジタル化の恩恵をすべての住民や観光客が享受できるわけではありません。アナログな情報提供手段との併用や、デジタルリテラシー向上への取り組みも不可欠です。
  • 初期投資と継続的な運用リソースの確保:国家レベルのプラットフォームを構築・維持するには、莫大な費用と専門人材が必要です。補助金に依存するだけでなく、民間からの収益モデル(例:プラットフォーム内での手数料、データ販売など)を確立し、持続可能な運営体制を築くことが求められます。
  • データのプライバシー保護と倫理的利用:観光客の行動データや個人情報を扱う上で、プライバシー保護は最も重要な課題です。透明性の高いデータ利用ポリシーの策定と、厳格なセキュリティ対策が必須となります。

しかし、これらの課題を乗り越えれば、日本には大きな機会が広がっています。デジタルプラットフォームの導入は、地方創生やデジタル田園都市国家構想の強力な推進力となり、地域の魅力を再発見し、新たな観光体験を創出するだけでなく、地域住民の生活利便性向上にも寄与します。特に、慢性的な人手不足に悩む観光・宿泊業界において、DXは業務効率化と生産性向上に直結し、持続可能な経営基盤を構築する上で不可欠な要素となるでしょう。

まとめ

タイのデジタル観光プラットフォーム「TAGTHAi」の事例は、自治体やDMOがDXを通じて、観光客の利便性向上、地域経済の活性化、そして持続可能な観光開発という複数の目標をいかに同時に達成できるかを示す好例です。単なる技術導入に終わらず、官民連携による「信頼されるプラットフォーム」を構築し、観光客の「不便」を解消することで「収益化」に繋げ、そして何よりも「データ」に基づいた客観的な意思決定を行うこと。これら汎用性の高いアプローチは、日本の多くの地域が抱える観光課題を解決し、新たな価値を創造するための重要な鍵となります。

2025年現在、日本の観光業界は大きな変革期にあります。この波を捉え、海外の先進事例から学び、地域の実情に合わせたDXを推進することが、地域経済の持続的な成長と豊かな未来を築くために、今、最も求められています。

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