交通赤字解消の鍵はデータ活用:公的認証連携で実現するROIに基づいた地域運営

自治体・DMOのDX導入最前線(公的資金・補助金)

はじめに

自治体やDMOが推進するDXは、単に紙のプロセスをデジタル化したり、アプリを開発したりするフェーズから、地域経済全体の収益構造を持続可能にする「データ基盤の構築」へとシフトしています。特にデジタル田園都市国家構想においては、このデータ連携基盤をいかに構築し、地域の意思決定を変えるかが成否を分けます。

多くの地域が抱える共通の課題、すなわち「地域公共交通の赤字」や「観光客の行動データ不足」を解決する鍵は、既存のインフラをデジタルで再定義することにあります。今回、西日本エリアで進行する、交通系ICカードと公的認証基盤を組み合わせた革新的な取り組みを取り上げ、それがどのように地域のROIと持続可能性に貢献するかを分析します。

交通DXの基盤となる「Mobility Auth Bridge」と公的認証の連携

地域交通のDXにおいて、最も大きな壁は「利用者属性の把握」と「施策の効果測定」でした。誰が、いつ、どこからどこへ移動し、その結果、地域でいくら消費したのかというデータを匿名性を保ちつつ連携させる仕組みが必要です。

西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)が提供する「Mobility Auth Bridge(MAB)」は、まさにこの課題を解決するための共通会員基盤です。このMABが、2026年1月よりデジタル庁が提供する「デジタル認証アプリ」を活用したマイナンバーカード連携機能を追加し、具体的な施策への応用を開始しました。(出典:西日本旅客鉄道株式会社のプレスリリース Mobility Auth Bridge(会員基盤)のマイナンバーカードによる本人確認機能を活用し、ICOCAを通じたバス利用促進施策を実施します

導入されたソリューションの具体的な機能

この取り組みの核となる技術要素は以下の通りです。

  • Mobility Auth Bridge (MAB):JR西日本グループ各社のサービスや、提携する自治体・DMOのサービスを横断的に利用できる認証・会員基盤です。広域移動におけるユーザー体験の統一とデータ収集のハブとしての役割を果たします。
  • マイナンバーカード連携(デジタル認証アプリ):MABを通じて、利用者が自身のマイナンバーカードを紐づけることにより、公的に信頼された本人確認(KYC)がオンラインで完了します。これにより、行政サービスや交通割引などの利用資格確認が厳格かつ容易に行えるようになります。
  • ICOCA活用施策:MABに登録された情報を基に、ICOCAの利用履歴データと連携させ、特定の属性(例:高齢者、学生、域外からの観光客)に対するバス利用促進キャンペーンや割引施策をデジタルで実現します。

この連携のポイントは、既存の決済・乗車インフラであるICOCAを最大限に活用している点です。高額な新規システム導入を避け、既存の利用者の移動データ(Who, When, Where)に行政が求める属性情報(Age, Residence, Eligibility)を紐づけるデジタル基盤が完成します。

「データ活用」が地域の意思決定をどう変えたか

このMABとマイナ連携による最大の変化は、地域や行政の「意思決定の質」が劇的に向上することです。従来の交通施策の現場は、「勘と経験」や「統計調査」に頼らざるを得ませんでした。

例えば、高齢者向けのバス割引制度を実施しても、「実際に利用している高齢者はどの時間帯に集中しているのか」「割引がなければ利用しなかった層はどの程度いるのか」といった具体的な効果測定や、事業者の収益への影響を詳細に把握することは困難でした。結果として、補助金ありきで施策が継続され、持続的な運行計画の策定が難しくなっていました。

MAB連携後のデータ活用の流れは以下の通りです。

  1. 利用者の正確な属性データ取得:マイナンバー連携により、利用者の居住地、年齢、その他の行政サービス資格(例:福祉割引)を正確に把握します。
  2. 移動データとの統合分析:ICOCAの移動履歴(どの停留所から乗り、どこで降りたか)と上記属性を匿名化して統合分析します。
  3. 需要予測とROI分析:施策の前後で、特定の属性の移動量がどう変化したか、それに伴いバス事業者の収益がどれだけ改善したか(または補助金による補填が適正に行われたか)を可視化します。

これにより、自治体は「なんとなく運行を維持する」のではなく、「この地域のこの路線、この時間帯の運行は、この属性の住民にとって不可欠であり、ROI目標達成のために補助金を投じる価値がある」というデータ駆動型の意思決定が可能になります。これは、地域交通の維持という社会課題を行政が**費用対効果(ROI)**で判断するための強力な武器となります。

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他の自治体が模倣できる汎用性の高いポイント

このMABの事例は、特定の地域や技術に閉じたものではなく、多くの自治体が直面する課題解決の汎用性の高いヒントを提供しています。

1. 既存インフラ(ICカード)の「データハブ化」

多くの地域には、既に交通系ICカード(Suica, PASMO, ICOCAなど)や地域独自のカードが普及しています。地域DXの成功の鍵は、これらの利用率が高い既存インフラを捨てて新しいアプリを作るのではなく、「データ収集と認証のための基盤(ハブ)」として再利用することです。

MABは、ICOCAという既存の乗車券インフラに、公的認証という信頼性の高いレイヤーと、広域連携を可能にするAPIレイヤーを追加しています。これにより、自治体は莫大なコストをかけて独自MaaSアプリを開発するリスクを回避しつつ、すぐにデータ駆動型の施策を実行できます。

2. 共通会員基盤によるコスト削減と広域連携の促進

自治体が個別に高齢者割引や観光クーポンのシステムを構築すると、開発費や運用費が嵩みます。MABのような共通会員基盤を利用すれば、複数の自治体や複数の交通事業者が一つの認証・データ連携システムをシェアできます。

特に観光DXにおいて、隣接する市町村をまたいだ「広域周遊パス」の実現には、共通の認証と決済基盤が不可欠です。MABは、旅行客がどの自治体からアクセスしたか、どの地域の施設を利用したかをトラッキングし、参加する自治体・事業者に公正かつ迅速に収益を分配する仕組みを提供できます。これにより、個々の自治体が補助金に頼らず、広域連携による持続的な観光収益モデルを構築できるようになります。

3. 公的認証(マイナンバー)による信頼性の担保

インバウンド観光客が増える中で、公的認証基盤の活用は、行政サービスや割引施策の「不正利用防止」と「対象者限定」を高い精度で可能にします。

例えば、地域住民限定の割引施策を行う際、従来の身分証明書提示による手作業での確認は、現場の負担が非常に大きく、また偽装のリスクもありました。マイナンバー連携は、この確認プロセスを瞬時にデジタルで完了させ、現場スタッフの業務負荷を軽減しつつ、施策の公平性と正確性を担保します。これは、地域住民に対する行政サービスの効率化、すなわち行政コスト(TCO)の削減に直結します。

収益(ROI)と持続可能性への貢献:補助金依存からの脱却

自治体DXの最終的な目的は、地域経済の持続的な収益モデルを確立し、補助金依存の構造から脱却することです。

交通事業者の収益性改善

データに基づき、利用客が多い時間帯や区間に資源を集中させ、需要の薄い時間帯にはデマンド交通やライドシェアなど別の手段に切り替えるといった柔軟な運行計画が可能になります。この「データに基づく適正配置」は、交通事業者の慢性的な赤字を構造的に改善し、補助金を運行維持ではなく、未来へのインフラ投資(例:EVバス導入、自動運転化)に回す余地を生み出します。

高付加価値観光への転換

MABによって収集・分析されたデータは、観光客の移動動線と消費行動の相関を明らかにします。「特定の割引を適用した客層は、適用しない客層に比べて周遊範囲が20%広がり、地域での宿泊日数と消費額が15%向上した」といった具体的なROIデータが得られます。

このデータに基づき、DMOは単なる「集客」ではなく、「消費額と滞在時間を最大化する」ための体験設計や価格設定(ダイナミックプライシング)を打ち出すことができます。これにより、オーバーツーリズムを避けつつ、観光客単価を高める高付加価値化戦略を推進し、地域経済への持続的な貢献を実現します。

まとめ

自治体やDMOが進めるDXは、デジタル田園都市構想の下、単なる「便利なシステム」の導入から、「地域経済を支える共通データインフラ」の構築へと進化しています。JR西日本のMABとマイナンバーカード連携の事例は、既存の社会インフラ(交通系ICカード)と公的認証(マイナンバー)を組み合わせることで、低コストかつ高信頼性でデータ駆動型の意思決定基盤を構築できることを示しています。

この基盤は、地域の交通事業者の収益性を改善し、行政サービスのコストを削減し、最終的には補助金に頼らない持続可能な地域運営モデルへの移行を可能にします。他の自治体が模倣すべきは、「特定のアプリケーション」ではなく、「既存資産を最大限に活用し、広域連携を前提とした共通認証・データ基盤を構築する」という戦略そのものです。

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