はじめに
2025年現在、日本の観光業界はインバウンドの力強い回復期にあり、多くの地域で訪日外国人旅行者の姿が日常となりつつあります。しかし、この「観光立国」への道は、常に順風満帆ではありません。海外メディアが日本の観光をどのように評価し、どのような改善点や弱点を指摘しているのかを理解することは、持続可能で収益性の高い観光モデルを構築するために不可欠です。本稿では、海外メディアの視点から日本の観光トレンドを深掘りし、特に北海道のスキーリゾートを取り上げたBBCの記事を基に、地域が今すぐ取り組むべきデジタルトランスフォーメーション(DX)について考察します。
海外が評価する日本の魅力:「Japow」と地域に根ざした体験
海外メディアは、日本の観光について多岐にわたる魅力を報じていますが、特に自然の豊かさ、独特の文化、そして質の高い食に対する評価は高く、これらが複合的に旅行体験を彩ることが重視されています。例えば、英国の公共放送局BBC Travelが2025年12月20日に公開した記事「The six best places to ski in 2026」は、日本の北海道を世界屈指のスキーデスティネーションとして紹介しています。
この記事では、北海道北部のニセコが2024年から2025年のシーズンにかけて1,100万人以上の訪問者を迎え、記録的なシーズンであったことを伝えています。ニセコの魅力は何と言っても「Japow(ジャパンパウダー)」と呼ばれる、世界でも類を見ないほどの豊かなパウダースノーです。この雪質は、スキー・スノーボード愛好家にとって最高の滑走体験を提供し、ニセコを世界的なブランドへと押し上げました。
しかし、BBCの記事はニセコの人気に触れつつも、札幌から東へ約2時間ほどの場所に位置する富良野のような、より知られていない地域の魅力を強調しています。富良野は28コースを有するスキーリゾートで、シーズン初めには190cmもの積雪を記録しました。記事は、富良野での朝のスキーを楽しんだ後、地元の辛い北海道スープカレーを「ふらのや」で味わったり、富良野チーズ工房で伝統的な「ポストスキー」のデザートとしてアイスクリーム作り体験をしたりすることを推奨しています。さらに、富良野の規模(約415エーカー)を考慮し、アバン・スキーのスキー旅行アドバイザーであるアリ・ウィドマン氏は、旭川や北海道最高峰の旭岳(素晴らしいバックカントリーアクセスが可能)を加えた「マルチマウンテン・イティネラリー」を組むことを提案しています。また、ニセコから岩内、ルスツへと続くアイランドロードトリップも紹介され、それぞれの場所で異なる雪質、景色、雰囲気を楽しめることが強調されています。特に岩内リゾートでは、雪上車で手つかずのパウダースノーへと直行し、朝にはホットコーヒーとドーナツが提供されるユニークな体験が紹介されています。
これらの評価から見えてくるのは、海外の旅行者が単なる「雪質」だけでなく、その地域固有の文化、食、そしてユニークなアクティビティといった、自然と一体となった多様な体験価値を求めているという点です。これらの地域に根ざした体験は、旅行者がその土地を深く理解し、記憶に残る旅をするための重要な要素として評価されています。
海外メディアが指摘する日本の観光地の改善点・弱点:オーバーツーリズムと体験の画一性
ニセコが記録的な訪問者数を誇る一方で、その成功は新たな課題も生み出しています。BBCの記事がニセコ以外の「Lesser-known village(あまり知られていない村)」を積極的に推奨する背景には、特定の観光地への集中によるオーバーツーリズムの問題が指摘されています。
1. オーバーツーリズムと地域への負荷
ニセコのような人気地域では、短期間に大量の観光客が押し寄せることで、混雑、宿泊施設や交通機関の不足、ゴミ問題、騒音、そして地域住民の生活環境への圧迫といった問題が顕在化しています。これにより、訪日客自身の満足度が低下するだけでなく、地域の持続可能性も危うくなる可能性があります。地元住民からは、インフラの整備が追いつかないことや、異文化間の摩擦に対する懸念の声も聞かれます。
2. 体験の画一性と情報格差
海外からの旅行者の多くは、東京、京都、大阪といった「ゴールデンルート」や、ニセコのような有名スキーリゾートに集中しがちです。これは、情報アクセスの偏りや、日本の他の地域の魅力が十分に海外に伝わっていないことの裏返しとも言えます。BBCの記事が富良野や旭岳のユニークな食文化(スープカレー、チーズ作り体験)や、岩内での雪上車スキーといった高付加価値な体験を紹介しているのは、画一的な観光から脱却し、より深く、パーソナルな体験を求めるニーズが高まっていることを示唆しています。しかし、これらの情報が十分に届いていないため、多くの旅行者は依然として限られた選択肢しか知らない状況にあります。
3. シーズナリティへの対応
スキーリゾートにとって、冬以外のシーズンの活用は大きな課題です。記事で紹介された北海道のスキーリゾート群も、冬期以外の魅力をどのように発信し、年間を通じた観光客誘致に繋げるかは、地域経済の持続可能性を考える上で重要な改善点となります。
これらの改善点・弱点を克服し、地域全体で観光収益を最大化するためには、特定の地域への集中を避け、より多くの地域へと観光客を分散させ、多様な体験を提供するための戦略的なアプローチが求められます。
地域が今すぐ取り組むべきデジタルトランスフォーメーション:分散化と高付加価値化のためのDX
海外メディアの評価と指摘を受け、地域の観光地が今すぐ取り組むべきは、観光客の分散化と体験の高付加価値化を目的としたデジタルトランスフォーメーションです。これは、単なるツールの導入に留まらず、地域経済全体の収益性向上と持続可能性に直結する投資と捉えるべきです。
1. 情報発信の高度化と多言語対応
- 地域固有の物語(ストーリーテリング)のデジタル化:富良野のスープカレーやチーズ作り体験、岩内の雪上車スキーのように、地域にしかないユニークな体験や歴史、文化を、高解像度の動画や写真、インタラクティブなウェブコンテンツとして多言語で発信します。これにより、単なる情報提供ではなく、感情に訴えかける「物語」として旅行者の関心を惹きつけます。
- 多様なデジタルチャネル活用:Instagram、TikTok、YouTubeといったSNSプラットフォーム、専門の旅行ブログ、インフルエンサーとの連携、オンライン旅行会社(OTA)など、ターゲットとする市場に合わせた複数のデジタルチャネルで情報を展開します。特に、パーソナルな体験を求める旅行者に対しては、現地の魅力をリアルに伝えるユーザー生成コンテンツ(UGC)の活用も有効です。
- AIを活用したパーソナライズド・レコメンデーション:旅行者の過去の検索履歴、興味関心、滞在期間、予算などに基づいて、ニセコ以外の地域や、スキー以外の季節の魅力(夏のアクティビティ、地域の祭りなど)をAIが自動で推薦するシステムを構築します。これにより、旅行者一人ひとりに合わせた最適な旅程を提案し、未開拓の観光資源への誘客を促進します。
2. パーソナライズされた体験の提案と一元的な予約・決済システム
- マルチマウンテン・イティネラリーのデジタル化:BBCの記事が推奨するような、富良野、旭岳、岩内、ルスツといった複数のスキーリゾートや周辺観光地を周遊する旅程を、一つのプラットフォームで簡単に計画し、予約できるシステムを構築します。これにより、旅行者は複数のウェブサイトを行き来する手間なく、シームレスな体験を得られます。
- 地域連携型スマート予約システム:宿泊施設、交通機関、アクティビティ、飲食店の予約・決済を連携させることで、旅行者だけでなく、地域内の事業者にとっても業務効率を向上させます。例えば、富良野でスキー、夕食にスープカレー、翌日は旭岳でバックカントリーといった一連の体験を、事前にまとめて予約・決済できるようにすることで、旅行者の利便性を高め、地域内での消費を促します。
- モバイルフレンドリーなUI/UX:スマートフォンで簡単にアクセス・操作できるユーザーインターフェース(UI)とユーザーエクスペリエンス(UX)を重視し、多言語対応はもちろん、海外からの旅行者が慣れている決済方法(クレジットカード、モバイルペイメントなど)に対応します。
3. 地域交通の最適化とデジタル化
- オンデマンド交通・ライドシェアの導入:ニセコと周辺地域(富良野、旭川、岩内、ルスツ)間、あるいは各観光地内の「ラストワンマイル」移動を解決するため、オンデマンド交通やライドシェアサービスを導入し、専用のアプリで配車・予約・決済を完結できるようにします。これにより、公共交通機関の空白地帯を埋め、旅行者の利便性を飛躍的に向上させるとともに、地域の交通事業者の収益機会を拡大します。あわせて読みたい:ラストワンマイルの壁:ライドシェアが地域経済を動かす光と影
- リアルタイム情報提供:バスやタクシーの運行状況、道路の混雑状況、スキー場のリフト運行状況などをリアルタイムで多言語提供するデジタルサイネージやアプリを導入します。これにより、旅行者は安心して移動計画を立てることができ、予期せぬトラブルによるストレスを軽減します。
4. データ活用による持続可能な観光モデルの構築
- 観光客行動データの分析:どこから来て、どの時期に、どこに宿泊し、何に消費し、どのようなアクティビティを体験したかといったデータを収集・分析します。これにより、混雑予測、新たな観光ルートの開発、マーケティング戦略の最適化、そして特定地域への集中を緩和するための対策を講じることができます。
- 地域経済への貢献度可視化:DXによって得られたデータを基に、観光客の消費が地域経済にどのような影響を与えているかを可視化します。例えば、特定のアクティビティや地域がどれだけの経済効果を生み出しているかを数値で示すことで、観光振興策のROIを明確にし、さらなる投資判断の根拠とします。
- オーバーツーリズム対策と住民満足度向上:データに基づき、混雑が予測される地域や時間帯に対して、事前に情報発信を強化したり、代替ルートや代替アクティビティを提案したりするシステムを導入します。これにより、観光客の体験品質を維持しつつ、地域住民の生活環境への影響を最小限に抑え、双方の満足度向上を目指します。
DXによる収益性と持続可能性
これらのDX推進は、地域経済に具体的な収益(ROI)と持続可能性(サステナビリティ)をもたらします。
- 収益性向上:情報発信の高度化とパーソナライズされた体験提案により、これまで認知されていなかった地域の魅力を掘り起こし、新たな旅行需要を喚起します。これにより、特定の観光地への集中を緩和しつつ、地域全体の滞在日数と消費額の増加を図ることができます。一元的な予約・決済システムは、販売機会の損失を防ぎ、事業者の業務効率化にも貢献します。高付加価値な体験提供は、客単価の向上にも繋がります。
- 持続可能性の確保:データに基づいた観光客の分散化は、オーバーツーリズムによる環境負荷や地域住民との摩擦を軽減し、観光地としての魅力を長期的に維持することに貢献します。効率的な交通システムやスマートな情報提供は、観光客のストレスを減らし、リピーターの創出にも繋がります。また、地域全体で得られた収益が、インフラ整備や地域産業の活性化に再投資されることで、好循環を生み出し、持続可能な観光モデルを確立することができます。
まとめ
海外メディアが日本のスキーリゾートについて指摘する内容は、日本の観光全体が直面している課題と改善点を示唆しています。ニセコのような成功事例がある一方で、その影にはオーバーツーリズムや情報格差といった問題が潜んでいます。しかし、これは同時に、日本の多様な魅力をさらに深く掘り下げ、高付加価値な体験として提供する大きなチャンスでもあります。
2025年、日本の観光が次のフェーズへと移行するにあたり、鍵となるのは「質」と「分散」です。特定の観光地への集中を避け、富良野、旭川、岩内、ルスツといった多様な地域の魅力を引き出し、それぞれが提供できるユニークな体験をデジタル技術で効果的に発信し、シームレスに提供していくことが求められます。デジタルトランスフォーメーションは、単なる利便性の向上に留まらず、地域経済に新たな収益源をもたらし、観光の持続可能性を高めるための戦略的な投資です。海外メディアの評価を真摯に受け止め、DXを推進することで、日本全体が真に持続可能で豊かな観光立国へと進化する好機であると言えるでしょう。


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