訪日客の「不便」をAIで解決:韓国事例に学ぶ収益化の鍵

インバウンド×先端テクノロジー(稼ぐ仕組み)

はじめに:日本のインバウンドが直面する「不便」の壁とテクノロジーの可能性

2025年現在、日本のインバウンド市場は新型コロナウイルス感染症の影響から力強い回復を見せており、多くの地域で訪日外国人観光客が急増しています。しかし、その一方で、観光客の「不便」は依然として根深い課題として残っています。特に「言語の壁」「キャッシュレス決済の普及遅れ」「二次交通の複雑さ」は、多くの外国人観光客が日本の旅で直面する共通の障壁です。

これらの課題は、単に「ちょっとした不便」で片付けられるものではありません。コミュニケーションのストレスは消費意欲を削ぎ、決済手段の限定は購入機会を失わせ、移動の困難は特定エリアへの集中や滞在期間の短縮につながります。結果として、地域経済への収益還元機会を逸しているのが現状です。

本稿では、最新のテクノロジーがこれらの「不便」をどのように解消し、さらに一歩進んで、客単価アップや滞在時間延長といった地域経済への具体的な収益貢献、ひいては持続可能な観光の実現にどう寄与しうるのかを深く掘り下げます。特に、海外の先進事例を取り上げ、日本の地方自治体がそれらを導入する際の障壁と解決策についても考察します。

韓国の事例から学ぶ、AIが変えるインバウンド体験:Creatripの挑戦

インバウンドにおける「不便」の解消と収益性向上の両立を考える上で、海外の先進事例から学ぶことは非常に重要です。韓国では、訪韓外国人観光プラットフォーム「Creatrip」が、人工知能(AI)を活用した画期的なサービスを展開しています。

韓国のIT&スタートアップ業界専門メディア 「KORIT」が2025年12月18日に報じた記事「Creatrip、外国人観光客の「旅行全過程」AIでサポート…「24時間応対・自動翻訳」」(URL: https://korit.jp/news/traveltech/platum-creatrip-ai-foreigner-agent-251218)によれば、Creatripは外国人観光客の旅行の全過程をAIで支援するサービスを大幅に拡大しています。

このサービスは、単なるAI翻訳アプリやチャットボットの域を超え、AIによる24時間応対と自動翻訳機能を核に、旅行プランニング、現地での予約・決済支援、さらには緊急時のトラブル対応まで、外国人観光客のあらゆるニーズに一元的に応えようとするものです。

Creatripが解決しようとしている韓国インバウンドの課題背景には、多言語対応の不足、膨大な観光情報からの適切な選択の難しさ、そして多様化する外国人観光客のニーズへの迅速な対応という共通の課題があります。特に韓国の地方都市や特定の体験型コンテンツは、情報が英語圏向けに不足していることが多く、これが外国人観光客の足かせとなっていました。

CreatripのAIは、言語の壁を解消するだけでなく、旅行者の好みや行動履歴を学習し、パーソナライズされた情報やアクティビティを提案します。例えば、特定の食文化に興味がある客には隠れた名店を、K-POPファンには関連スポットを、歴史好きにはディープな史跡巡りを提案するといった具合です。これにより、単なる移動や宿泊だけでなく、高付加価値な体験への誘導や、旅行者が知らなかった地域の魅力を発見させ、結果として客単価の向上や滞在時間の延長に直接的に貢献していると見られます。

日本の地方自治体がCreatripのようなAI活用を取り入れる際のメリットと障壁

Creatripの事例は、日本の地方自治体や観光事業者がインバウンド戦略を再構築する上で多くの示唆を与えます。AIを活用した「旅行全過程」のサポートは、日本の抱える課題に大きなメリットをもたらす一方で、導入にはいくつかの障壁も存在します。

メリット:

  • 言語の壁の解消と情報格差の是正: AI翻訳や多言語対応のチャットボットは、外国人観光客が感じる最大の障壁である言語の問題を劇的に改善します。特に地方では多言語対応スタッフの確保が困難なため、AIがそのギャップを埋める役割を果たします。地域特有の文化や習慣、名所旧跡に関する詳細な情報も、AIを通じて多言語で発信できるようになり、情報格差を是正します。
  • 客単価向上と滞在時間延長: AIは旅行者の過去の行動履歴やリアルタイムの状況(位置情報、検索履歴など)に基づいて、パーソナライズされた周遊ルートや、地域ならではの体験型コンテンツ、高付加価値な商品・サービスを提案できます。これにより、単に有名な観光地を巡るだけでなく、より深い体験を求める旅行者のニーズに応え、消費機会を創出します。

    近年、訪日外国人観光客は「便利なビジネスホテル」だけでなく、より地域の暮らしに触れることができる民泊を選ぶ傾向にあります。これは、画一的な体験ではなく、ローカルな魅力を深く味わいたいというニーズの表れです。AIは、このような深い体験を求める旅行者に対して、個々の関心に応じたオーダーメイドの情報を瞬時に提供することで、予定外の消費や地方への誘客を促進し、結果として客単価の向上や滞在時間の延長に貢献します。

    あわせて読みたい:インバウンド4000万人時代…訪日客が「便利なビジネスホテル」ではなく、あえて「民泊」を選ぶ理由

  • 現場業務の効率化とスタッフの負担軽減: 定型的な問い合わせ(交通手段、営業時間、簡単な道案内など)やFAQ対応をAIが自動化することで、宿泊施設や観光案内所のスタッフは、より複雑な対応やホスピタリティに集中できるようになります。これにより、限られた人的リソースの有効活用と、労働環境の改善が期待できます。
  • データに基づく観光戦略の立案: AIが収集・分析する旅行者の行動データ(検索傾向、訪問場所、消費パターン、滞在時間など)は、地方自治体や観光協会にとって貴重な資産となります。これにより、「どの国の、どのような層が、何を求め、どこで消費しているのか」といった具体的なインサイトを得ることができ、より効果的な観光プロモーションや政策決定、商品開発に繋げることが可能です。

障壁:

  • 初期投資と運用コスト: 高度なAIシステムの導入には、初期投資が大きく、さらに継続的な運用・保守費用が発生します。特に予算が限られる小規模な自治体や地域の観光事業者にとっては、このコストが大きな障壁となります。
  • データ基盤の整備と連携: AIを効果的に機能させるためには、地域の多様な観光スポット、交通機関、宿泊施設、店舗情報、イベント情報などを一元的に集約し、デジタル化されたデータ基盤が必要です。しかし、日本では各事業者が個別に情報を管理していることが多く、既存システムとの連携も容易ではありません。
  • AIの学習と精度向上: 地域特有の固有名詞、方言、文化的なニュアンス、最新のイベント情報などをAIに正確に学習させ、高い精度で情報提供を行うには、継続的なデータ入力とチューニングが必要です。特に歴史や伝統文化に関するディープな情報は、AIだけでは網羅しにくい側面があります。
  • 人的リソースとデジタルリテラシー: AIシステムを導入しても、それを運用・管理できる専門人材が不足している地方自治体や観光事業者は少なくありません。また、地域住民や一部の観光客にはデジタルツールへの抵抗感があり、利用が普及しない可能性も考慮する必要があります。
  • セキュリティとプライバシー: 旅行者の行動履歴や個人情報をAIが収集・分析する際、データ保護に関する法的・倫理的な側面への配慮が不可欠です。セキュリティ対策の不備は、信用の失墜につながります。

障壁を乗り越え、持続可能な観光を実現するための具体的な解決策

上記の障壁は決して乗り越えられないものではありません。戦略的なアプローチと関係者の連携によって、Creatripのような先進事例を日本に導入し、地域経済の活性化に繋げることが可能です。

  • 官民連携と共通プラットフォームの構築: 地方自治体が主導し、テック企業、地域の観光事業者、交通機関、宿泊施設、飲食店舗が連携する協議体を設置することが重要です。この協議体を通じて、共通のデータフォーマットを策定し、情報のデジタル化・一元化を進めるための共有プラットフォームを構築します。これにより、個々の事業者の負担を軽減しつつ、AIが学習できる質の高いデータ基盤を整備します。
  • 段階的な導入とスモールスタート: 全域で一度に大規模なシステムを導入するのではなく、特定の観光エリアや、最も課題が顕著な分野(例:特定の交通結節点での多言語案内、宿泊施設でのAIコンシェルジュ)から段階的に導入・検証を行います。成功事例を積み重ねることで、効果を可視化し、関係者の理解と協力を得ながら横展開を図ります。
  • 「AI+人」のハイブリッド運用: AIは定型的な情報提供や多言語翻訳で効率化を図る一方、複雑な問い合わせ、緊急時の対応、あるいは人間ならではの温かいおもてなしが必要な場面では、人が介入する体制を構築します。AIがスタッフの負担を軽減し、スタッフはより付加価値の高い業務に専念できる「協働」のモデルを目指します。
  • 地域特有のデータ蓄積と学習: 地域に詳しい現地ガイドや住民、観光協会職員の知見をAIに継続的に学習させることで、地域特有の固有名詞、文化、歴史、お勧めスポットに関する情報の精度を高めます。これにより、単なる一般的な情報ではなく、その地域ならではの「生きた情報」をAIが提供できるようになります。
  • ROIの明確化と投資回収モデルの提示: AI導入によって得られる具体的なメリット(例:問い合わせ対応時間の〇〇%削減、〇〇%の客単価向上、〇〇%の滞在時間延長)を数値で示し、投資がどのように回収されるか、地域経済にどのような利益をもたらすかを明確に提示します。これにより、導入に躊躇する事業者や自治体の理解を深め、資金調達や補助金申請の根拠とします。
  • デジタルデバイド対策とユニバーサルデザイン: デジタルに不慣れな利用者や、情報弱者への配慮も忘れてはなりません。AIを活用した情報提供は、スマートフォンアプリだけでなく、多言語対応のタッチパネル端末の設置や、電話でのオペレーター連携、あるいは既存の観光案内所との連携など、多様なアクセス手段を提供することで、誰もが快適に利用できる環境を整備します。

おわりに:テクノロジーによる「収益を生む観光」への転換

AIをはじめとする最新テクノロジーは、もはやインバウンド対応における「便利なツール」という範疇を超え、地域経済に直接的な収益(ROI)をもたらし、持続可能性(サステナビリティ)を高めるための戦略的な投資対象となっています。外国人観光客が直面する「言語、決済、移動」といった根本的な不便を解消するだけでなく、その先の「もっと深く地域を知りたい」「ここでしかできない体験をしたい」という潜在的なニーズを掘り起こすことで、客単価の向上や滞在時間の延長に繋げることができるのです。

現場の観光事業者や自治体職員は、日々、変化するインバウンド市場と向き合い、目の前の業務に追われています。その中で、新しいテクノロジーを導入することには、コストや運用の課題が伴うのは当然です。しかし、単なる「おもてなし」に終始するのではなく、テクノロジーを戦略的に活用して「収益を生む観光」へと転換する視点を持つことが、今後、日本の観光地が国際競争力を維持し、持続的に発展していく上で不可欠です。

海外の成功事例に学び、日本の地域特性に合わせた形でAIなどのテックソリューションを導入し、官民一体となってデータに基づいた観光戦略を推進することで、インバウンドは日本の地方経済を牽引する力となるでしょう。そのためには、目の前の課題解決に留まらず、未来を見据えた大胆な投資と、柔軟な発想が求められています。

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