はじめに
自治体やDMOによるDX推進、スマートシティ計画、デジタル田園都市構想は、地域の持続可能な発展と住民サービスの向上を目指す上で不可欠な要素となっています。単なるツールの導入に留まらず、データ活用を通じて地域の意思決定を根底から変革し、具体的な収益と持続可能性をもたらすことが期待されています。今回は、Skiftが報じた海外の最新動向を基に、この変革の可能性を探ります。
Skiftが示す「オープンエコシステム」と「組み込み型旅行製品」の未来
2025年12月29日にSkiftが公開した記事「Q&A: Why Travel Needs a New Platform Built for an Open Ecosystem」
(https://skift.com/2025/12/29/embedded-travel-next-big-opportunity/)
は、非旅行ブランドが旅行サービスをシームレスに提供するための「組み込み型旅行製品(Embedded Travel Product)」の重要性を説いています。この記事で言及されているのは、旅行に関する複雑なバックエンド作業をターンキーソリューションとして提供することで、企業が既存のアプリ内でネイティブな旅行体験を提供できるようにするというものです。これにより、コストとリスクを大幅に削減し、新たな収益とクロスセル機会を創出できるとされています。また、AIを活用した検索ツールについても触れられており、「青い海のビーチで1週間の休暇」「800ドル以下の暖かい場所」といった具体的な旅行者の意図を捉え、個別最適化された情報提供を可能にすると述べています。
この概念は、日本の自治体やDMOが観光DXを推進する上で極めて示唆に富んでいます。
日本の自治体・DMOが直面する課題と「組み込み型旅行製品」の解決策
地方における「点の情報」の課題
日本の多くの地方自治体やDMOは、魅力的な観光資源を数多く持ちながらも、それらが個別の情報として散在し、旅行者にとって「シームレスな体験」を提供できていないという課題を抱えています。宿泊、交通、アクティビティ、飲食といった各要素が異なる事業者に属し、それぞれが独立した予約システムや情報提供チャネルを持つため、旅行者は複数のサイトやアプリを行き来しなければなりません。これは、特にインバウンド旅行者にとって大きな「不便」となり、結果として機会損失に繋がっています。
このような「移動の壁」や「情報収集の不便」は、以前にも「海外メディアの目:観光DXで「移動の壁」を解消、収益と持続可能性を創出」や「地方インバウンドDX:テックで「不便」解消、収益と持続可能性」で指摘しています。
「組み込み型旅行製品」による一元化されたユーザー体験
Skiftが提唱する「組み込み型旅行製品」の考え方を日本の自治体・DMOに適用することで、この課題を解決する大きな可能性が見えてきます。自治体やDMOが運営する地域情報ポータルサイトや観光アプリを、単なる情報発信の場から、旅行の計画・予約・実行までを一貫して完結できる「地域版スーパーアプリ」へと進化させるのです。
- 導入ソリューションの具体例と機能:
- 地域MaaSプラットフォームの統合: 路線バス、タクシー、レンタサイクル、デマンド交通といった地域内のあらゆる交通手段のリアルタイム情報、経路検索、予約、決済機能をアプリ内に「埋め込み」ます。これは「地方の移動革命:MaaSと自動運転が拓く、観光と地域経済」で述べたような移動のDXをさらに進化させるものです。
- アクティビティ・宿泊・飲食予約システム: 地域内の宿泊施設、体験アクティビティ、レストランなどの空き状況確認、予約、決済を、単一のインターフェースで可能にします。これは、各事業者の既存予約システムとAPI連携することで実現します。
- AIチャットボットとパーソナライズ: Skift記事にもあるように、旅行者の具体的な質問(「子連れで楽しめる温泉地は?」「地元食材を使ったフレンチレストランは?」)に対し、AIが最適な情報を瞬時に提供し、個人の興味関心に基づいたおすすめルートや施設を提案します。
- 多言語対応と緊急時サポート: インバウンド旅行者向けに、アプリ内で完結する多言語情報提供、翻訳機能、さらには緊急時の連絡先や医療機関へのアクセス情報を提供します。これは「インバウンドの「医療アクセス」不便解消:テックで拓く収益と持続可能性」にも通じるものです。
公的補助金と予算の活用状況
このような地域版スーパーアプリの構築には、もちろん投資が必要です。しかし、日本の自治体は、デジタル田園都市国家構想交付金、観光庁の観光DX推進事業補助金、総務省の地域活性化ICT推進事業など、多様な公的補助金を活用する機会があります。これらの補助金は、地域経済の活性化、住民サービスの向上、そして観光振興を目的としており、データ連携基盤の構築やAI活用といった要素は、採択されやすいテーマと言えるでしょう。
特に、デジタル田園都市国家構想では、地域課題解決のためのデジタル技術の活用が強く推奨されており、上記のソリューションはまさにその趣旨に合致します。DMOが中心となり、地域の事業者を巻き込んだコンソーシアムを形成することで、事業計画の具体性と実現可能性を高め、予算獲得へと繋げることが可能です。
データ活用が地域の意思決定をどう変えるか
最も重要なのは、この「地域版スーパーアプリ」を通じて収集されるデータが、地域の意思決定に革新をもたらす点です。従来の観光行政は、アンケートや過去の統計データに頼ることが多く、リアルタイム性や詳細な行動分析に限界がありました。
- リアルタイムの需要予測と混雑管理: アプリからの検索履歴、予約状況、位置情報データ(プライバシーに配慮した形で)を分析することで、特定の観光地の混雑状況をリアルタイムで把握し、需要を予測できます。これにより、混雑緩和のための交通誘導や情報提供、さらには地域住民との摩擦解消(「住民との摩擦解消DX:観光立国が目指す、収益と持続可能な未来」参照)に繋がる意思決定が可能になります。
- 観光ルートの最適化と新たな魅力の発掘: 旅行者がどのようなルートで移動し、どの施設に立ち寄り、どれくらいの時間を費やしているかをデータから可視化できます。これにより、旅行者の満足度が高い周遊ルートを推奨したり、これまで見過ごされてきた地域の魅力をデータに基づいて発掘し、プロモーションに繋げたりすることができます。Skiftの記事にある「青い海のビーチで1週間の休暇」のような具体的な検索クエリは、地域の潜在的な観光ニーズを炙り出す貴重なデータ源となります。
- サービス改善と商品開発: アプリ内の利用状況やユーザーからのフィードバックデータを分析することで、交通機関の運行時間や本数の見直し、観光施設の営業時間調整、あるいは地域独自の新しい体験型商品の開発など、サービス改善と商品開発の根拠とすることができます。
- 費用対効果の高いプロモーション: データに基づいてターゲット層を明確にし、パーソナライズされたプロモーションを行うことで、広告費用の無駄を削減し、高い費用対効果を実現できます。
このように、データは地域の観光戦略や交通計画、さらには地域振興全体の基盤となり、「感覚と経験」に頼りがちだった意思決定を「客観的な事実と予測」に基づいたものへと変革する力を持っています。
他の自治体が模倣できる「汎用性の高いポイント」
この取り組みは、日本の他の多くの自治体やDMOが模倣し、自地域のDX推進に活かすことができる汎用性の高いポイントをいくつも持っています。
- 1. オープンなAPI連携基盤の構築:
地域内の様々な事業者(交通会社、宿泊施設、アクティビティ事業者、飲食店など)が提供するサービスを、標準的なAPIを通じて連携できる「共通基盤」を構築することが重要です。これにより、個別のシステム改修を最小限に抑えつつ、多様なサービスを一つのプラットフォームに統合することが可能になります。Skiftの記事が指摘する「オープンエコシステム」の考え方を地域レベルで実装するイメージです。 - 2. ユーザー中心の体験設計:
旅行者(インバウンド含む)や地域住民が「本当に何に困っているのか」「何を求めているのか」を徹底的に掘り下げ、そのニーズに応えるサービス設計を優先します。Skift記事の検索例のように、漠然とした「観光」ではなく、具体的な「体験」を軸にサービスを組み立てることが成功の鍵です。 - 3. データ収集・分析・活用の一貫したサイクル:
プラットフォームを導入するだけでなく、そこから得られるデータを継続的に収集し、専門的な知見を持つ人材やツールを用いて分析し、その結果を次の意思決定やサービス改善に繋げる「データドリブンなPDCAサイクル」を確立することが不可欠です。 - 4. 地域事業者の巻き込みと共創:
自治体やDMOが主導するだけでなく、地域の観光事業者、交通事業者、IT企業などが「共創パートナー」として参画する体制を築きます。特に、中小規模の事業者には、DX推進のための知識やリソースが不足していることが多いため、自治体やDMOがそのギャップを埋めるサポート体制を構築することも重要です。 - 5. スモールスタートとアジャイル開発:
全ての機能を一度に完璧に実装しようとせず、まずは地域内で特にニーズが高い一部の機能(例:地域交通の予約・決済、主要観光施設のチケット購入など)から「スモールスタート」し、利用者のフィードバックを得ながら段階的に機能を拡張していくアジャイルな開発手法が有効です。これにより、初期投資のリスクを抑えつつ、迅速に成果を出すことができます。
収益性と持続可能性への貢献
このアプローチは、地域経済に具体的な収益をもたらし、観光の持続可能性を高める上で極めて有効です。
- 収益性:
- 新たな収益源の創出: 地域版スーパーアプリ内での交通、宿泊、アクティビティの予約・決済による手数料収入は、自治体やDMO、あるいは地域のDX推進を担う法人にとって新たな収益源となります。
- 観光消費額の増加: 利便性の向上により、旅行者の滞在時間が延び、消費活動が活発化します。また、データに基づいたパーソナライズされた提案は、これまで知られていなかった地域の魅力への関心を高め、消費を促します。
- 運営コストの削減: デジタル化により、これまで人手で行っていた情報提供や予約管理などの業務が効率化され、運営コストの削減に繋がります。
- 持続可能性:
- オーバーツーリズム対策と観光客の分散化: データに基づいて観光客の流れを可視化し、混雑状況をリアルタイムで提供することで、特定の地域や時間帯への集中を避け、観光客の分散化を促します。これにより、地域住民の生活環境への影響を軽減し、持続可能な観光を実現します。
- 地域交通の維持・活性化: アプリを通じた利用促進やデマンド交通との連携は、利用客の減少に悩む地方の公共交通機関の維持・活性化に貢献します。これは地域住民の生活インフラの維持にも直結します。
- 地域経済全体の活性化: 観光消費の増加だけでなく、地域事業者がデジタル化の恩恵を受け、新たなビジネス機会を創出することで、地域経済全体が活性化します。
- データに基づく継続的な改善: 収集されたデータは、地域が抱える課題を特定し、その解決策を導き出すための貴重な資産となります。これにより、短期的な施策に終わらず、長期的な視点での地域振興が可能になります。
日本の他の地域への適用におけるメリット・デメリット
Skiftの記事が示す「組み込み型旅行製品」の概念を日本の地域DXに適用する際には、以下のメリットとデメリットが考えられます。
メリット:
- 点の情報を線の体験へ昇華: 観光資源が豊富でありながら、個別の情報として散在しがちな地方において、一元的な情報提供と予約・決済機能により、旅行者にとってシームレスで魅力的な「線の体験」を提供できるようになります。これにより、回遊性が向上し、地域の消費額増加に寄与します。
- 地域経済への直接的な貢献: プラットフォーム内での予約・決済により、手数料収入を地域内で循環させることができます。また、データに基づいた効率的なプロモーションが可能になり、広告費用の最適化と集客力向上が見込めます。
- 住民と観光客双方の利便性向上: 地域住民も公共交通や地域サービスをアプリで利用できるようになることで、生活の利便性が向上します。これにより、観光客と住民の共存を促進し、持続可能な地域社会の実現に繋がります。
- 新たな観光資源の発掘と価値創造: データ分析を通じて、これまで注目されてこなかった地域の魅力やニーズを特定し、新たな観光商品や体験を創出する機会が生まれます。
デメリット:
- 初期投資コストと運用リソース: プラットフォームの開発、既存システムとのAPI連携、データ分析基盤の構築には相応の初期投資と継続的な運用リソースが必要です。特に財政基盤の弱い自治体にとっては大きな負担となる可能性があります。
- 多様な事業者間の連携調整の難しさ: 地域の宿泊施設、交通事業者、アクティビティ提供者など、多岐にわたる事業者との連携合意形成と技術的な調整は複雑であり、多くの時間と労力を要します。特に中小規模の事業者にはデジタル化への抵抗やリソース不足が見られる場合があります。
- データプライバシーとセキュリティ: 個人情報や移動データなどのセンシティブな情報を扱うため、厳格なプライバシー保護対策と堅牢なセキュリティ体制の構築が不可欠です。違反があった場合のリスクは甚大です。
- デジタルデバイド問題: スマートフォンやデジタルサービスに不慣れな高齢者や情報弱者層への配慮が不可欠です。アナログな情報提供やサポート体制との併用など、多角的なアプローチが求められます。
- 人材不足: DXを推進できる専門知識を持った人材(データサイエンティスト、プロジェクトマネージャー、システムエンジニアなど)が地域に不足している場合が多く、外部からの招聘や育成が課題となります。
まとめ
Skiftの記事が示す「オープンエコシステム」と「組み込み型旅行製品」の概念は、日本の自治体やDMOが観光DX、スマートシティ、デジタル田園都市構想を推進する上で、具体的な行動指針を与えるものです。単なる技術導入に終わらず、データ活用を通じて地域の意思決定をデータドリブンなものへと変革し、旅行者と住民双方にとって価値のあるシームレスな体験を提供すること。そして、それを持続可能な形で地域経済の収益向上に繋げること。これこそが、今、地方創生に求められるDXの本質であると言えるでしょう。


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