はじめに
自治体やDMO(観光地域づくり法人)によるDX推進は、単なる行政手続きの効率化や観光情報のデジタル配信に留まらず、地域経済に持続的な収益(ROI)をもたらす「意思決定の変革」へと進化しています。特に「デジタル田園都市構想」や「スマートシティ計画」の下で技術導入が進む中、成功事例と失敗事例を分けるのは、収集したデータをいかに地域振興と結びつけ、具体的な収益構造の改善に活かすかにかかっています。
本稿では、現在、世界的に注目を集めている「再生型観光(Regenerative Tourism)」をテクノロジーで実現している海外の先進事例を分析し、日本の自治体が直面する「地域の価値と観光客の行動のギャップ」を、データ主導で解消する方法を具体的に掘り下げます。
海外先進事例:ブリティッシュコロンビア州「Re:BC」の衝撃
カナダ、ブリティッシュコロンビア(BC)州で展開されている「Re:BC」プロジェクトは、観光客の行動を地域貢献へと誘導するDX戦略の好例です。この取り組みは、The National Law Reviewの記事(Re:BC Project Leader to Present Technology-Driven Approach to Regenerative Tourism at IMPACT National)で、その革新性が紹介されています。
このプロジェクトが解決しようとしている地域の課題は、世界中の観光地が共通して抱える根本的な問題でした。それは、「責任ある観光(Responsible Tourism)に対する消費者の需要は爆発的に高まっているにもかかわらず、実際にその機会を発見し、参加することが極めて難しい(Discovery remains the hurdle)」というギャップです。旅行者は地域に貢献したい、環境に配慮したいと考えていても、そのための具体的な「経路(pathway)」がないのです。
従来の観光DXが、情報提供や移動の効率化(例:MaaS)に主眼を置いていたのに対し、Re:BCは「旅行者の善意」を「地域経済と環境の維持」に直結させる動線設計そのものに、デジタル技術を適用しました。
導入されたソリューション:アプリベースの「Re:BC」プラットフォーム
Re:BCが導入したのは、「Re:BC」というアプリベースのプラットフォームです。これは単なる情報アプリではなく、旅行者が滞在中に参加できる具体的な「再生型アクティビティ」を発見・予約・実行するためのツールです。
具体的な機能と地域への貢献
このプラットフォームは、BC州内の6つの主要な地域コミュニティおよびDMO(Tourism Revelstoke, Tourism Kelownaなど)と連携して機能しています。
- 旅行者向け機能:アプリ内で位置情報や興味に基づき、周辺で実施されている生態系回復プログラム(例:植樹イベント、外来種除去)、地域文化の多様性を祝う体験(例:先住民文化体験ツアー)、循環経済を支援する地元企業やNPOが主催する活動を簡単に検索・予約できます。
- 収益化とデータ収集:これらの体験の多くは有料であり、予約・決済システムを通じて地域のNPOや地元企業に直接収益が還元されます。この際、旅行者が「どこで、どのような活動に、どれだけの時間と金銭を投じたか」という詳細な行動データが収集されます。
Re:BCは、公的補助金やDMOの予算を投じて、地域資源の保全・回復活動を行う地元企業や団体に、「観光客との接点」というデジタルインフラを提供しています。これにより、本来は資金調達が難しいニッチな地域貢献活動が、持続的な観光収益源として組み込まれる構造が実現しました。
データ活用が地域の意思決定をどう変えたか
Re:BCプロジェクトの核心は、収集したデータによって、DMOや自治体の意思決定の軸が「量」から「質」へと明確にシフトした点にあります。
1. 意思決定指標の「量から質へ」の転換
従来の観光振興策は、来訪者数や総消費額といったマクロな指標に頼りがちでした。しかし、Re:BCでは、アプリの使用状況から得られるミクロな行動データが、地域資源に対する実際のインパクトを可視化します。
- 従来の指標:観光客数、宿泊施設稼働率。
- 新たな指標:「再生型アクティビティ」への参加率、アクティビティごとの満足度、旅行者が特定の地域貢献活動に投じた平均時間・金額、年次でのアクティブユーザーエンゲージメントの増加率。
DMOは、これらのデータを分析することで、「単に消費額が多い客層」ではなく、「地域に最もポジティブな影響を与え、かつ持続的に収益をもたらす客層」を特定できます。その結果、観光プロモーションのターゲットや、公的資金を投じるべき事業分野(例:どの生態系回復プロジェクトが観光客の関心を引きやすいか)をデータ主導で決定できるようになりました。
2. 公的予算の効果的な配分
日本の「デジタル田園都市構想交付金」など、公的予算の活用において常に求められるのは、その事業の持続可能性とROIの証明です。Re:BCのモデルでは、アプリを通じて収集されるデータが、まさにその証明となります。
例えば、「植樹イベント」に観光客が参加した人数、そこからNPOに支払われた対価、そしてその参加者がその他の地域内消費(宿泊、飲食など)に与えた影響を追跡可能です。このデータがあれば、「環境保全活動を観光コンテンツ化することで、地域経済全体に年間X%の経済効果と、環境保護にY量の物理的貢献があった」と定量的に報告でき、次年度の予算(公的資金またはDMO自己資金)を、最も効果の高い活動に集中投資するという、健全なPDCAサイクルが生まれます。
日本の自治体が模倣すべき「汎用性の高いポイント」
Re:BCの事例は、地域特性が異なる日本全国の自治体やDMOにとって、非常に高い汎用性を持つ戦略を含んでいます。特に、過度な観光消費を避け、地域住民との共生を目指す地方観光地にとって重要です。
【ポイント1】「不便」を「貢献への経路」に転換する
多くの地方では、観光客が地域のコアな文化や自然体験に触れるための情報導線が整備されていません。これは情報伝達の「不便」です。Re:BCはこの情報ギャップをデジタルプラットフォームで埋めました。
日本の自治体は、自地域の「隠れた地域貢献ポイント」をデジタルプラットフォームに統合すべきです。例えば、伝統工芸体験、里山保全ボランティア、地元の祭りへの参加などです。これらの活動は、単なる「体験」ではなく、旅行者に「自分が地域の一員として貢献している」という付加価値(精神的な報酬)を提供し、その対価として高単価な料金設定を正当化できます。
(あわせて読みたい:セルフガイドツアーでDX:地域課題解決と収益・持続性の鍵)
【ポイント2】DMOが「体験のデジタル・キュレーター」となる
Re:BCの成功の鍵は、DMOがプラットフォームを主導し、地域内の多様なステークホルダー(ホテル、レストラン、NPO、地元事業者)を巻き込み、共通のゴール(再生型観光)に向かって連携させた点です。
日本のDMOは、独自のアプリやWebサービス(MaaS基盤や観光案内アプリなど、既存のデジタルトランスフォーメーションで導入されがちなツール)に、必ず「地域貢献アクティビティのデジタル・キュレーション機能」を組み込むべきです。これにより、データ収集を一元化し、バラバラだった地域貢献活動の経済効果を統合的に評価することが可能になります。
【ポイント3】データによる「サステナビリティの指標化」
環境・社会への貢献を「感情論」や「CSR活動」で終わらせず、具体的なデータで定量的に評価するシステムは、投資家や行政からの信頼を得る上で不可欠です。
Re:BCのように、ユーザーエンゲージメントを追跡できるプラットフォームは、ESG投資が叫ばれる現代において、DMOや自治体が「私たちは地域資源を持続的に管理し、収益を上げている」と外部に示す強力な武器になります。このデータは、地域に投資を呼び込むための根拠(投資対効果)として機能し、持続的な収益基盤を確立します。
結論:収益と持続可能性を両立させるDX戦略
自治体DXやデジタル田園都市構想の目標は、単にデジタル化を進めることではなく、地域経済の「構造改革」です。Re:BCの事例が示すように、観光DXの次なる焦点は、旅行者の利便性向上だけでなく、「地域へのポジティブなインパクト」を設計し、それを収益源に組み込むことです。
日本の多くの地域では、美しい自然や文化が「オーバーツーリズムによる消耗品」と見なされがちです。しかし、テクノロジーとデータ活用によって、「地域資源の維持・回復」を目的とした体験をハイバリュー商品として提供する経路を整備すれば、観光客は「不便」ではなく「貢献の機会」を求めて訪れるようになります。この構造こそが、地域経済に高いROIと真の持続可能性をもたらすDX戦略の核心です。
自治体は、導入するデジタルソリューションが、最終的に「地域資産の価値向上」と「収益性の両立」という意思決定に貢献するかどうかを厳しく検証し、技術導入後のデータ活用体制を構築することが求められます。


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