属人化する専門知の収益化停滞:AIで知見を標準化し持続的ROIを掴め

自治体・DMOのDX導入最前線(公的資金・補助金)

はじめに

日本の観光DXにおける最大の課題の一つは、地方のユニークで高付加価値なコンテンツが、その価値に見合う収益を生まない流通構造にあります。特に、地域に根差した「専門的な知見」をベースにした体験ツアーや、少数精鋭のガイドによるパーソナライズされたサービスは、大手OTA(オンライン旅行会社)が提供する定型的なパッケージには馴染みにくく、結果として集客力や販売チャネルが限定され、「属人化リスク」を高めてきました。

自治体やDMOがこの状況を打開するため、デジタル田園都市構想やスマートシティ計画の下で様々なソリューションを導入していますが、その多くが単なる「予約システムのデジタル化」や「情報発信の強化」に留まり、根本的な収益構造の変革に至っていません。真のデータ駆動型意思決定を実現し、持続的な地域経済を築くには、地域の「専門知」をデータとして標準化し、旅行者のニーズと直接結びつける新たな流通モデルが必要です。

本稿では、アフリカのスタートアップが提唱する「アンチOTA」モデルを例に、地域の専門知と移動体験のDXが、いかにして地方の収益構造を持続可能なものに変えるのかを深掘りし、日本における自治体・DMOが模倣すべき汎用性の高いポイントを解説します。

海外事例に見る「専門知」の流通革命:ウガンダ発 Roamioモデル

日本の地方が抱える課題、すなわち「ユニークな体験を提供するローカルオペレーター(地元の個人や中小企業)が、大手プラットフォームの流通網に乗りにくい」という問題は、実はグローバルな観光業界共通の課題です。この課題に対して、ウガンダ発の旅行テック企業Tripesaがローンチした「Roamio」は、一つの明確な答えを提示しています。(参照:Skift

導入されたソリューションの具体的な名称と機能

Roamioは、AI駆動型のマッチングプラットフォームとして機能します。これは従来のOTAのように、あらかじめ用意されたツアーパッケージを陳列するのではなく、旅行者が「興味・関心」や「旅行スタイル」をインプットすると、そのデータに基づいて、地域で活動する特定のローカルオペレーター(専門家)と旅行者を直接マッチングさせる仕組みです。

Roamioの主な機能:

  • パーソナライズされたプランニング:旅行者の入力データ(例:バードウォッチングへの深い関心、特定の歴史的テーマへの探求心)をAIが分析し、最適な専門家を推奨。
  • 「アンチOTA」ビジネスモデル:一般的なOTAが取る予約手数料(コミッション)モデルを採用せず、ローカルオペレーターの業務を効率化するためのツールやサービス(SaaS的な機能)を提供することで、ハイブリッドな収益モデルを目指しています。これにより、オペレーターは収益の大部分を確保でき、サービスの質を高めるインセンティブが働きます。
  • 専門家(オペレーター)のベッティング:プラットフォームに登録するローカルオペレーターを厳格に審査し、その「専門知」や「提供能力」をデータ化・可視化します。

このアプローチは、中間マージンを最小限に抑え、旅行者と地域サプライヤーの間に「摩擦ゼロ」の信頼関係を築くことを目指しており、日本の観光地において高付加価値な体験を提供し、その収益を持続的に地域に還元するためのモデルとして極めて示唆に富んでいます。

データ活用によって、地域の意思決定はどう変わったか

Roamioモデルが成功すれば、地域の意思決定プロセスは「勘と経験」から「データ駆動」へと劇的に変化します。日本のDMOや自治体がこのモデルを模倣し、デジタル田園都市構想交付金観光庁の補助金を活用して同様の基盤を整備した場合、データ活用は以下のような形で意思決定を変革します。

1. 従来の意思決定モデル(属人化と非効率)

これまでの地方DMOの意思決定は、「売れたもの」「人気のもの」を追随するか、あるいは一部のベテラン職員や有力者の「勘」に頼りがちでした。具体的には、「どの体験コンテンツが旅行者に響いたか」を測定する手段が、外部OTAの売上ランキングや、アンケート結果といった抽象的なデータに限定されていました。

その結果、特定のガイドや特定のツアーに依存した「属人化」が進み、その専門家が引退したり、繁忙期に手が回らなくなったりすると、地域全体の高付加価値コンテンツ提供能力が崩壊するという構造的リスクを抱えていました。

2. DX後の意思決定モデル(AI知見標準化とROI駆動)

RoamioのようなAIマッチングプラットフォームを導入し、地域独自の「専門知」をデータ基盤で標準化すると、DMOの意思決定は以下のようなROI(投資対効果)駆動型に進化します。

  • 需要の先行予測と育成ターゲットの特定:

    AIは、旅行者の「問い合わせデータ」「関心ワード」「パーソナライズされた検索履歴」を収集・分析します。これにより、実際にツアーが予約される前の段階で、「特定のテーマ(例:地域の伝統工芸、隠れた史跡、特定の野生動物)に対する潜在需要がどれだけ高まっているか」を定量的に把握できます。DMOは、このデータに基づき、需要が高まっているにもかかわらず、まだ提供者が不足している分野を特定し、その分野のローカルオペレーターの育成やデジタル化投資を優先的に行うことができます。

    公的補助金(例:デジ伝交付金)の活用:この「育成ターゲットの特定」フェーズこそ、補助金を投入すべきポイントです。DMOは、単なるシステム構築費ではなく、AIによる「専門知の標準化システム」構築と、そのデータを使って地域住民を「新たなガイド・専門家」として教育・認証するプログラム(教育コンテンツのデジタル化)に予算を充当することで、持続的なサプライチェーンを構築します。

  • 高単価化戦略の裏付け:

    AIは、パーソナライズされた体験の提供を通じて、その体験に対する旅行者の「感情的共鳴」や「満足度」を定性的なフィードバックも含めてデータ化します。従来の「人気」だけでなく、「どれだけの高単価を支払う価値があったか」という客観的なデータ(LTVやリピート率、関連消費)を収集できます。これにより、DMOや自治体は「価格設定が低すぎるコンテンツ」を特定し、自信を持って適正価格(高単価)に引き上げることが可能になります。

つまり、意思決定は「何が売れたか」から「何が売れる可能性があり、誰を育成し、いくらで売るべきか」へと転換するのです。

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他の自治体が模倣できる「汎用性の高いポイント」

Roamioの事例から日本の自治体やDMOが学び、模倣すべき汎用性の高いポイントは、その技術的な側面(AIそのもの)よりも、ビジネスモデルの設計思想にあります。

ポイント1:流通の「摩擦」を減らし、収益を地域に還元する設計

多くの日本の地方観光地が抱える問題は、体験がOTA経由で予約される際、高い中間マージンが徴収され、結果としてローカルオペレーター(地域事業者)の手元に残る利益が少なく、再投資や人材育成に回らないことです。

模倣すべき施策:DMOが主導し、地域内での取引に限定した「コミッションフリー(あるいは低率コミッション)」の予約・マッチングプラットフォームを構築すること。収益源を「予約手数料」ではなく、「プラットフォームの運用支援費」(SaaSフィー)や「データ活用コンサルティング費」など、オペレーターの生産性を向上させるサービスにシフトさせます。

これにより、ローカルオペレーターは手取りが増え、サービスの質向上や新たな体験開発に投資する余力が生まれます。この「収益還元構造の最適化」こそが、観光DXによる持続可能性の核となります。

ポイント2:「コンテンツ」ではなく「専門知」をデータ化する

地域独自の価値は、特定の場所やモノではなく、それを語り、体験に変える「人」の知見にあります。DXの対象を「パッケージ化されたツアー」ではなく、「個々の専門家が持つ知識やスキル」そのものに設定し、これをAIが学習・標準化できる形式でデータ化します。

模倣すべきソリューション(概念):「AI知見標準化システム」の導入。例えば、地元の歴史家や自然ガイドが持つ口伝や非公式な資料を、音声認識やLLM(大規模言語モデル)を用いてテキスト化・構造化し、データベースに格納します。これにより、ある専門家が引退しても、その知識を基にAIが新たなガイド(またはAIアシスタント)をサポートし、「属人化リスク」を解消しながらサービスの均質性と深さを担保できます。

このデータ基盤こそが、旅行者の多様なニーズ(パーソナライズ)に応えるための鍵であり、日本のDMOが最も投資すべきインフラです。

ポイント3:移動データと体験データを統合した評価軸の確立

地方観光では、体験施設までの「ラストワンマイル」の移動が大きな課題です。Roamioモデルを日本の地方に適用する際、旅行者の興味関心データだけでなく、その興味を追求するために「どのような移動手段を、どのくらいの時間・コストで利用したか」という移動データを体験の満足度と統合して分析することが重要です。

模倣すべき施策:地域MaaSやオンデマンド交通システムと、体験予約システムを統合し、「アクセス体験の満足度」を評価指標に加えること。例えば、「高付加価値な体験だったが、アクセスが著しく不便だった」というデータが蓄積されれば、DMOは補助金や予算を、新たなオンデマンド交通サービスや、移動体験そのものを高付加価値化する投資(例:富裕層向けのハイヤー手配など)に振り分ける、データ駆動型の判断が可能となります。

現場スタッフと旅行客のリアルな声

現場業務の視点で見ると、このRoamio型のDXは大きな変化をもたらします。

ローカルオペレーター(ガイド・事業者)の声:「今までは、大手OTAから予約が入っても手数料が高く、忙しいだけで儲けが少なかった。でも、DMOが主導するプラットフォームなら、問い合わせ内容が細かく、本当にそのテーマに興味があるお客さんと繋がれる。収益も直接手元に来るから、道具や研修に投資する気になれる。」

旅行客(特に富裕層・FIT客)の声:「一般的なツアーではなく、自分の関心に合わせて本当に詳しい専門家と話せるのが良い。探す手間が省けるし、その知識がAIによって担保されているという安心感もある。多少高くても、その地域でしか得られない深い経験には価値がある。」

このモデルは、地域事業者に利益を還元し、旅行者にはパーソナライズされた深い満足を提供する、持続可能なエコシステムを構築します。

結論:観光DXはデータ基盤による「価値の再定義」である

自治体やDMOが推進するDXは、単に紙をデジタルに置き換える作業ではありません。地域独自の「価値」、特に属人化しやすい「専門知」をAIの力で標準化・データ化し、それを旅行者の潜在的需要と直接マッチングさせる流通基盤を構築することにあります。これが、Roamioのような「アンチOTA」モデルが示す本質です。

日本においては、公的補助金や予算を、目先のアプリ開発や広告宣伝ではなく、「地域専門知のデータ化」「収益還元構造を最適化するためのトラスト基盤構築」に戦略的に投入すべきです。これにより、地方の観光は高付加価値化を実現し、持続的なROIを地域経済にもたらすことが可能となります。

真のスマートシティ、デジタル田園都市の実現は、デジタル技術が「不便の解消」という初期段階を超え、「地域の価値の再定義」と「収益の最適化」に貢献するフェーズに入ったことを意味しています。

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