はじめに:2025年、日本の観光は「通過点」から「滞在地」へ
2025年、日本の観光市場はかつてない転換点を迎えています。長年、インバウンドの代名詞であった「ゴールデンルート(東京・富士山・京都・大阪)」への集中から、地方の自然や文化に深く入り込む「滞在型」へのシフトが明確になりました。ForbesやLonely Planetといった主要海外メディアは、日本の魅力を単なる「安全で便利な国」から、「精神的な充足と自然への没入が得られる国」へと再定義しています。
しかし、この追い風の裏側で、海外の専門家や旅行者は日本の観光インフラが抱える「構造的な脆さ」を冷徹に指摘し始めています。量的拡大が限界に達しつつある今、地域側が真に取り組むべきは、単なるツールの導入ではありません。旅行者の行動をデータとして資産化し、限られたリソースで最大級の顧客満足度(CS)と投資対効果(ROI)を生み出す「データ駆動型の地域経営」への脱皮です。
海外が熱視線を送る「日本独自の自然と文化の深掘り」
昨今の海外メディアの報道を分析すると、評価の対象が「機能的価値(新幹線やコンビニの便利さ)」から「情緒的価値(その土地でしか得られない精神的体験)」へ移行していることが分かります。特に2025年は、日本の国立公園が「世界クラスのサステナブルな観光地」として、北米のイエローストーンやカナダのバンフに比肩する存在になり得ると注目を集めています。
これには、環境省が2016年から継続してきた「国立公園満喫プロジェクト」の成果が、インバウンドのリピーター層に浸透し始めた背景があります。彼らが求めているのは、整備された遊歩道を歩くだけの体験ではなく、その土地の生態系や歴史、文化に精通したガイドと共に過ごす「深い没入感」です。このように評価の軸が変わったことで、地域側には「何を見せるか」だけでなく「誰が、どのようにその価値をデータ化し、持続可能な収益に繋げるか」という問いが突きつけられています。
引用分析:星野リゾートが示すインバウンドの「質的転換」
ここで、2026年2月に公開された興味深いレポートを深掘りします。グローバルなホスピタリティメディアであるHospitality Netが報じた、星野リゾートによるインバウンドトラベルレポート(2025年実績・2026年見通し)です。
このレポートによれば、2025年における星野リゾートの国内68施設での外国人宿泊数は、延べ133万泊に達しました。特筆すべきは、台湾、中国、香港、米国といった主要マーケットに加え、英国やオーストラリアからの予約が前年比45%増と急伸している点です。星野佳路CEOは「インバウンドの増加スピードは閾値(しきいち)に達しつつあり、これからは拡大よりも『既存旅行者の満足度維持(リテンション)』に焦点を当てるべきだ」と警鐘を鳴らしています。
【専門家による考察:地域適用へのメリット・デメリット】
このレポートが示す変化を日本の地方自治体やDMO(地域観光経営組織)の視点で捉えると、以下の2点が浮き彫りになります。
1. メリット:地方分散による「単価の向上」
かつての団体ツアー客とは異なり、現在の豪州・英国・米国層は「ゴールデンルート」を避け、スキーリゾートや国立公園、温泉地での長期滞在を好みます。これは地域にとって、客数を追わずに「滞在日数×消費単価」を最大化できる絶好のチャンスです。彼らはガイドツアーや食の体験に相応の対価を支払う準備があり、適切な価格設定とプログラムが提供できれば、地域経済へのROIは飛躍的に高まります。
2. デメリット:期待値の「複雑な乖離」
レポートでも指摘されている通り、日本国内の観光客と海外インバウンド客では、宿や地域に求める「標準」が全く異なります。例えば、国内客が「静謐な雰囲気と伝統的な接客」を重んじる一方で、海外客は「デジタルでのシームレスな予約管理」と「個別のニーズに応じた柔軟な提案」を求めます。この二極化する期待に応えるための現場スタッフの負荷は限界に達しており、属人的な「気合」や「根性」での対応は、もはや持続不可能です。
あわせて読みたい:観光DXの真価は収益再設計:データ基盤で高付加価値体験を自動誘導
指摘された日本の弱点:複雑な手続きと「国内客との乖離」
海外メディア(例えばJapan Todayの特別記事など)が共通して指摘している日本の観光の弱点は、「デジタル手続きの官僚主義的な煩雑さ」です。特に認定ガイドの予約プロセスや、地方における二次交通(ラストワンマイル)の予約・決済において、いまだにメールのやり取りや電話、現地での現金払いが残っていることが、旅行者の大きなストレス(摩擦)となっています。
また、オーバーツーリズムの文脈で語られることが多い「観光客の行動制御」も、現場の切実な課題です。一部の地域では観光客の振る舞いによって伝統行事が中止に追い込まれるなどの事態が発生していますが、これは「規制」だけで解決できる問題ではありません。海外の視点からは、「なぜ、データを活用して旅行者の動線を動的にコントロールし、混雑を分散させないのか」という、より高度なマネジメントの不在が指摘されています。
地域が直面する「一見客」で終わらせないためのDX戦略
星野リゾートが提言する「リテンション(維持)」を実現し、地域経済に持続可能な収益をもたらすためには、現場が今すぐ取り組むべきデジタルトランスフォーメーションがあります。それは、単なる「便利な予約ボタン」の設置ではなく、「旅行者の属性と行動ログを信用資産に変えるデータ基盤の構築」です。
1. 専門知のデータ化による「接客の平準化」
ベテランスタッフが頭の中に持っている「この時期、この天候ならこの場所がおすすめ」という属人的な知見を、構造化されたデータとして集約する必要があります。これにより、AIがスタッフの代わりにパーソナライズされた提案を多言語で行うことが可能になります。これは現場の負荷を軽減するだけでなく、どのスタッフが対応しても高い満足度を提供できる「品質の安定化」を意味します。
2. 摩擦を排除する「決済・移動の一体化」
旅行者が最もストレスを感じる「移動と支払いの断絶」を解消することです。宿泊施設、飲食店、体験プログラム、二次交通がシームレスに連携したデータプラットフォームがあれば、旅行者は一度の認証で全ての決済を済ませることができ、地域側はその消費行動をリアルタイムで把握できます。このデータこそが、次のマーケティング施策やインフラ投資の正確なROIを算出するための「黄金のログ」となります。
3. 住民QOLと収益を両立する「動的制御」
観光客のスマートフォンに配信する情報を、リアルタイムの混雑状況に応じて自動的に最適化します。特定のスポットに人が集中しそうになれば、付近の魅力的な代替案を提案し、クーポンを発行する。これにより、オーバーツーリズムによる地域住民の不満を抑えつつ、地域全体の客単価を向上させる「調和のとれた収益化」が可能になります。
あわせて読みたい:インバウンドの「三大不便」解消が収益爆増の鍵:摩擦をデータ資産に変え地域経営をDXせよ
結びに代えて:データの資産化が導く「満足度のROI」
2025年、私たちはもはや「観光客を何人呼ぶか」という指標だけで成功を測ることはできません。海外メディアの評価を冷静に分析すると、彼らが日本に求めているのは「便利さ」を超えた「信頼できる体験の質」です。
日本の観光地が取り組むべきDXの本質は、現場スタッフの「おもてなし」をデジタルで代替することではなく、デジタルによって「おもてなしが最も価値を発揮する瞬間」を最大化することにあります。事務作業や単純な案内、決済の摩擦をテクノロジーで徹底的に排除し、その過程で得られたデータを「地域の資産」として蓄積する。このサイクルを回すことこそが、地域の文化を次世代に繋ぎ、経済的なサステナビリティ(持続可能性)を実現する唯一の道です。
量的拡大のピークを迎えつつある今こそ、場当たり的な対応を捨て、データに基づく戦略的な地域経営に舵を切るべき時が来ています。


コメント