はじめに
2025年の現在、訪日観光客数は歴史的な高水準を記録し、日本経済に多大な恩恵をもたらしています。しかし、その一方で、東京、京都、大阪といった主要観光地では「オーバーツーリズム」が深刻な課題となり、地域住民の生活環境への影響や、訪日客自身の旅行体験の質の低下が懸念されています。このような状況下、海外メディアは日本の観光の現状をどのように捉え、どのような改善点を指摘しているのでしょうか。そして、その指摘を受け、日本の地域側は今、どのようなデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組むべきなのでしょうか。本稿では、海外メディアの視点から日本の観光トレンドを分析し、地域経済の収益向上と持続可能性に繋がるDX戦略を考察します。
海外メディアが評価する日本の魅力と指摘する課題
海外の旅行専門誌やニュースメディアは、依然として日本の豊かな文化、多様な食、息をのむような自然景観を高く評価しています。特に、都市と自然が調和した風景、歴史的な建造物、そしておもてなしの心は、多くの旅行者を魅了し続けています。しかし、その一方で、多くのメディアが日本の観光が抱える「一極集中」の問題を指摘しています。特定の有名観光地への過度な集中は、混雑によるストレスや、地域本来の魅力が失われる「観光公害」を引き起こし、「より本物志向の旅(authentic trip)」を求める旅行者の満足度を低下させる可能性があります。
米国の大手メディアUSA Todayは、2025年12月23日付の記事「Avoid crowds in Japan: Visit this hidden gem for a more authentic trip」において、この課題に対し具体的な解決策の一つを提示しています。同記事は、オーバーツーリズムに苦しむ日本の主要都市の現状に触れつつ、その代替として岐阜県を「隠れた名所(hidden gem)」として取り上げ、旅行者に「より人混みを避けて、日本文化をより深く体験できる、ゆったりとした旅」を提供できると評価しています。
「隠れた名所」岐阜県に秘められた課題と可能性
USA Todayが指摘する通り、岐阜県には白川郷のような世界遺産、飛騨高山のような歴史ある街並み、長良川の鵜飼といった伝統文化、豊かな自然が織りなす景観など、他に類を見ない魅力が豊富に存在します。これらの要素は、まさしく海外旅行者が求める「本物志向の旅」のニーズに応えるものです。しかし、現場で働く自治体職員、観光協会スタッフ、宿泊施設関係者、地域住民からは、以下のようなリアルな課題の声が上がっています。
- 情報発信の不足と多言語対応の遅れ: 岐阜県のような地方の魅力が海外に十分に伝わっておらず、英語以外の多言語での情報提供が限定的であるため、旅行者が情報を得るのが難しい。ウェブサイトやパンフレットの翻訳も不十分な場合が多い。
- アクセス性の低さと二次交通の課題: 主要都市からのアクセスは新幹線や高速バスである程度確保されているものの、県内の観光地間の移動(ラストワンマイル)は公共交通機関の便数が少なく、自家用車がないと不便な場合が多い。タクシーも不足がちで、ライドシェアなどの新たな交通手段の導入も進んでいない。
- 地域体験の可視化不足と予約・決済の煩雑さ: 伝統工芸体験や農泊、地元ガイドによるツアーなど、ユニークな体験コンテンツは多数存在するものの、その情報が体系的に整理されておらず、オンラインでの多言語予約やキャッシュレス決済に対応していないため、外国人旅行者にとっては利用のハードルが高い。
- 宿泊施設のDX対応の遅れ: 地方の宿泊施設、特に小規模な旅館や民宿では、多言語予約システム、スマートチェックイン・アウト、キャッシュレス決済、CRM(顧客関係管理)システムなどのDXツールの導入が遅れている。これにより、運営の効率化や顧客満足度の向上機会を逸している。
これらの課題は、岐阜県に限らず、全国の多くの地方観光地が共通して抱えるものです。海外メディアが地方の「隠れた名所」に注目している今こそ、これらの課題にDXで取り組み、潜在的な魅力を顕在化させ、収益性と持続可能性を高める好機と言えます。
地域が今すぐ取り組むべきデジタルトランスフォーメーション (DX)
USA Todayの記事が示唆する「隠れた名所」の潜在能力を最大限に引き出し、地域経済に収益をもたらすためには、以下のDX戦略を今すぐ実行に移すべきです。
1. 多言語・多チャネルでの情報発信とパーソナライゼーション
海外旅行者が求める「本物志向の旅」を提供するためには、まずその存在を認知させることが不可欠です。単に観光スポットを紹介するだけでなく、その地の歴史、文化、人々の暮らしに深く触れるコンテンツを多言語で発信し、個々の旅行者のニーズに合わせた情報を提供する仕組みが求められます。
- AIを活用した多言語コンテンツ生成・配信: 地域の歴史的背景、伝統工芸のストーリー、地元の食文化などを深く掘り下げたコンテンツを、生成AI(例: ChatGPTなど)を活用して効率的に作成し、高品質な多言語(英語だけでなく、欧州言語、アジア言語など)に翻訳します。これをSNS、地域の観光ウェブサイト、海外の主要なOTA(オンライン旅行会社)や旅行ブログ、動画プラットフォーム(YouTube, TikTokなど)を通じて戦略的に配信します。これにより、情報作成・翻訳にかかるコストを大幅に削減し、広範なターゲット層にアプローチできます。
ROI: 情報発信の効率化とコスト削減、ターゲット層拡大による新規顧客獲得。高い関心を持つ旅行者へのアプローチにより、滞在期間と消費額の増加。 - パーソナライズされた旅行プラン提案システム: 旅行者の興味関心(例: 自然探索、歴史探訪、食体験、アート、温泉など)、滞在期間、予算、移動手段(レンタカー、公共交通機関など)に応じて、地方の「隠れた名所」や独自の体験を含んだ最適な旅行プランを自動生成・提案するWebサービスやアプリを開発します。レコメンデーションエンジンを導入し、過去の行動履歴や類似ユーザーのデータに基づいて、より個別性の高い提案を可能にします。
ROI: 旅行者の満足度向上によるリピート率向上。地方における滞在期間延長と多様な施設での消費促進。 - 位置情報データ活用による混雑回避・分散提案: 地方を訪れる観光客の位置情報データ(個人情報は匿名化・集計化)を分析し、リアルタイムでの混雑状況を可視化します。特定の時間帯や曜日における人気スポットの混雑を避け、代わりに周辺の魅力的な代替ルートや、まだ知られていない「隠れた名所」を提案するアプリを開発します。これにより、オーバーツーリズムの緩和と、地域全体の観光資源の活用を促します。
ROI: 観光客の分散による特定地域への負荷軽減と満足度向上。地域全体の消費機会の創出と売上増加。
2. 地域交通のデジタル化と最適化(観光MaaSの推進)
地方における「移動の壁」は、訪日客が地方を訪れる上での大きな障壁です。多様な交通手段を統合し、シームレスな移動体験を提供することが、地方への誘客と滞在満足度向上の鍵となります。
- 多言語対応観光MaaSアプリ: 地方における電車、路線バス、コミュニティバス、タクシー、シェアサイクル、オンデマンド交通などを統合し、経路検索、予約、決済、情報提供を一元的に行える多言語対応のMaaS(Mobility as a Service)プラットフォームを導入します。交通事業者の運行データやリアルタイムの混雑状況を連携させ、AIが最適な移動ルートと手段を提案します。地域によっては、訪日客向けに特別パスをアプリ内で販売し、フリーパスとして利用可能にすることで、利便性と経済性を高めます。
ROI: 交通空白地域の解消による新たな観光客獲得、交通事業者間の連携強化による運営効率化、地域全体での消費促進。 - オンデマンド型交通の導入: 人口密度が低い地域や、特定の観光スポットへのアクセスが公共交通機関では難しい場所で、AIを活用した需要予測に基づき、最適なルートと車両を配備するオンデマンド交通システムを導入します。これは、タクシーや既存のバス路線を補完する形で、観光客と地域住民双方の移動の利便性を高めます。多言語での予約・利用が可能なシステムを構築することで、訪日客のストレスを軽減します。
ROI: アクセス困難な観光地への誘客と新たな収益機会の創出。地域の公共交通インフラ維持コストの最適化。
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3. 地域体験のデジタル化と流通促進
地方の魅力は、その土地ならではの「体験」にこそあります。これをデジタル技術で可視化し、アクセスしやすくすることで、旅行者のエンゲージメントを高め、高付加価値な消費を促します。
- 体験型コンテンツのオンライン予約・決済プラットフォーム: 地方の伝統工芸体験(例: 美濃和紙作り、郡上八幡の食品サンプル作り)、農泊、里山体験、地元のガイドによるウォーキングツアーなど、ユニークな体験コンテンツを多言語でオンライン予約・決済できるシステムを導入します。VR/AR技術を用いた事前体験コンテンツをWebサイトやアプリで提供し、潜在的な旅行者の興味を引きつけ、予約への動機付けを強化します。
ROI: 体験単価の向上、予約プロセスの効率化による管理コスト削減。コンテンツの国際市場への展開と新たな顧客層の獲得。 - スマートガイド・音声ガイドアプリ: 観光スポットや文化財において、多言語対応のAR/VRコンテンツや音声ガイドを提供するアプリを開発します。例えば、ARで昔の建物を再現したり、歴史上の人物が語りかけるような体験を提供したりすることで、深い歴史・文化体験を可能にします。ガイドブックを持ち歩く手間をなくし、スマートフォン一つで充実した情報が得られるようにします。
ROI: 観光客の満足度向上、ガイド人材不足の補完。アプリ内課金や連携する店舗での消費促進。
4. 宿泊施設のスマート化と地域連携
宿泊施設は、地域観光の拠点です。そのDX化は、運営効率を高めるだけでなく、地域全体の消費を促進する役割も担います。
- スマートホテルシステムの導入: スマートチェックイン/アウトシステム(顔認証やQRコード)、多言語対応の客室タブレット、AIチャットボットによるコンシェルジュサービス、キャッシュレス決済の徹底などを導入します。これにより、人手不足に悩む地方の宿泊施設の運営効率を大幅に向上させ、訪日客の利便性と満足度を高めます。
ROI: 運営効率化による人件費削減、顧客満足度向上によるリピート率向上。 - データ連携による地域内連携強化: 宿泊施設の予約データや滞在中の行動データ(個人情報は匿名化・集計化)を地域の観光協会やDMO(観光地域づくり法人)、近隣の飲食店・体験施設と連携させます。これにより、旅行者の行動パターンやニーズを詳細に分析し、個別の顧客に合わせたクロスセル(追加消費)を促進する施策を打つことができます。例えば、特定の時期に特定の国からの客が多い場合、そのニーズに合わせたイベントやメニューを提案するなどです。
ROI: 地域内での消費額増加、地域経済全体の活性化。
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岐阜県、そして全国の地方におけるDX適用とROI
USA Todayの記事が取り上げた岐阜県は、上記DX戦略を適用する上で理想的なモデルケースとなり得ます。具体的な適用例を挙げましょう。
- 飛騨・美濃観光MaaSの強化: 高山、白川郷、下呂温泉といった主要観光地間の移動に加え、地元の小さな集落や体験施設へのアクセスをシームレスにするオンデマンド交通やデジタルチケットの導入をさらに強化します。多言語対応のアプリでバスや鉄道の時刻表、タクシーの手配、観光地の詳細情報、地元店舗で使えるクーポンなどを一元的に提供し、移動の不便さを解消します。
- AI多言語観光案内システム: 高山市や白川郷などの主要拠点に設置されたAIチャットボット、あるいはウェブサイト・アプリ上のAIアシスタントが、訪問者の質問(例: 隠れた名店の場所、特定の農泊施設の情報、飛騨方言の意味など)に多言語で即座に回答します。これにより、観光案内所の混雑緩和と、情報提供の質の向上を図ります。
- 伝統文化体験のデジタル予約とVRコンテンツ: 長良川の鵜飼、郡上八幡の食品サンプル作り、美濃和紙作りなどの体験を、海外OTAや専門サイトを通じて多言語で情報発信し、事前予約・決済を可能にします。さらに、これらの体験をVRコンテンツとしてオンラインで提供し、自宅に居ながらにして岐阜の魅力を体感できるようなプロモーションも行います。
これらのDX施策は、岐阜県のみならず、日本全国の地方地域に適用することで、以下のようなメリットとデメリットが考えられます。
適用メリット
- オーバーツーリズムの緩和と観光客の分散: 主要都市への一極集中を避け、地方への観光客を効果的に誘導することで、各地域の観光資源をより持続可能な形で活用できます。
- 地方経済の活性化: 新たな観光客層の開拓と、地方での滞在期間および消費額の増加により、地域内の宿泊施設、飲食店、体験施設、交通機関などに多角的な経済効果をもたらします。
- 多言語対応による利便性向上と顧客満足度向上: 言葉の壁や情報不足によるストレスを軽減し、より快適で満足度の高い旅行体験を提供することで、リピーターの増加にも繋がります。
- データに基づいた効果的なマーケティングと観光戦略策定: DXツールから得られるデータを分析することで、観光客のニーズや行動パターンを正確に把握し、より効果的なプロモーションや観光資源の開発に繋げることができます。
- 地域資源の新たな価値発見と収益化: デジタル技術を活用することで、これまで埋もれていた地域の文化や自然の魅力を再発見し、新たな体験コンテンツとして提供・収益化する機会が生まれます。
適用デメリット
- 初期投資と運用コスト: DXツールの導入には、システム構築や機器購入、人材育成など、初期投資と継続的な運用コストが発生します。地方自治体や小規模事業者にとっては、財政的な負担が課題となることがあります。
- 地域間のデジタルデバイドと人材育成の必要性: DXの導入・活用には、デジタルリテラシーのある人材が不可欠です。地方ではIT人材が不足しており、地域住民や事業者への教育・研修、専門家との連携体制構築が求められます。
- 導入後のシステム維持・更新の手間と費用: 導入したシステムは、技術の進化やユーザーニーズの変化に合わせて定期的なメンテナンスや更新が必要です。これにかかる手間と費用も考慮する必要があります。
- データのプライバシー保護とセキュリティ対策: 位置情報や個人データを取り扱う上で、プライバシー保護に関する法的・倫理的な問題や、サイバーセキュリティ対策を厳格に行う必要があります。
- 地域住民の理解と協力体制の構築: 新しいシステムの導入や観光客増加によって、地域住民の生活に影響が出る可能性もあります。DX推進にあたっては、住民への説明と理解を求め、協力体制を構築することが重要です。
DXがもたらす収益と持続可能性
デジタルトランスフォーメーションは、単なるツールの導入に留まりません。それは、地域が観光を通じて収益を最大化し、かつ持続可能な観光モデルを構築するための戦略的投資です。
DXによって、観光客はより深く、よりパーソナルな体験を得られるようになり、その結果として滞在期間が延長され、消費単価が向上します。地方の「隠れた名所」がデジタルの力で世界に発信され、アクセスしやすくなることで、これまで主要都市に集中していた観光客の流れを分散させ、新たな収益源を創出します。
また、データ活用による効率的な資源配分、混雑緩和、そして地域住民と観光客の共存は、観光公害を抑制し、地域の社会・文化・環境を持続可能な形で保全することに貢献します。AIによる多言語対応や自動化は、人手不足に悩む地方の観光・宿泊業界の運営効率を飛躍的に高め、従業員はより付加価値の高い「おもてなし」に集中できるようになります。これは、長期的な人材定着とサービス品質の向上に繋がり、地域全体の観光産業の持続可能性を支える基盤となります。
おわりに
2025年、日本の観光はまさに変革期を迎えています。海外メディアが日本の地方の「隠れた名所」に注目し、より「本物志向の旅」を求めていることは、地方にとって絶好の機会です。しかし、その機会を最大限に活かすためには、情報発信の不足、二次交通の課題、多言語対応の遅れといった構造的な弱点をDXによって克服する必要があります。
デジタルトランスフォーメーションは、単なる効率化の手段ではなく、地方の観光資源に新たな価値を付与し、国際競争力を高めるための不可欠な戦略です。地域ごとに異なる課題や資源を深く理解し、その地域に最適なDXを推進することで、オーバーツーリズムの問題を解消しつつ、地方経済に確実な収益と持続可能性をもたらす「真の地方創生」を実現できるでしょう。


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