観光MaaSの補助金依存構造を断て:移動データ活用で持続収益モデルを確立せよ

2次交通・モビリティ革命(移動の解消)

はじめに

地方観光地における「移動の不便」は、もはや単なるサービス上の問題ではなく、地域経済の成長を阻む構造的なボトルネックとなっています。特に、主要駅から宿泊施設、あるいは観光スポットから次の体験場所への移動を指すラストワンマイルの課題は深刻です。観光客の満足度を低下させるだけでなく、地域住民の生活の足(モビリティ・インフラ)の崩壊にも直結しています。

近年、この課題を解決するために、観光MaaS(Mobility as a Service)、自動運転、そしてライドシェアといった新しい移動手段が次々と導入されています。しかし、これらの技術やシステムが、単なる「便利」で終わるのではなく、地域経済に持続的な収益(ROI)をもたらす「インフラ」として機能するためには、初期投資を回収し、長期にわたり自立できるビジネスモデルの確立が不可欠です。

本稿では、海外の具体的なオンデマンド交通の事例を分析し、日本の観光地が直面する「移動の持続可能性」の課題、規制緩和の論点、そして移動データが観光マーケティングにどう還元されるべきかについて深く掘り下げます。

観光MaaSの核心:補助金依存から収益モデルへの転換

日本国内の多くの地方自治体が導入しているデマンド交通や地域MaaSは、その多くが実証実験段階か、国や自治体の補助金に大きく依存しています。しかし、補助金は期限付きであり、サービス開始から数年後には、その財源が尽きるという「持続可能性の崖」に直面します。

移動サービスを地域に根付かせ、観光客と住民双方の利益に資するためには、需要が高まるほど収益も増す自立的な経済モデルを設計しなければなりません。

この点において、アメリカのコロラド州グレンウッドスプリングス市で展開されているオンデマンド交通サービスの実例は、日本の現場にとって示唆に富んでいます。

米国のオンデマンド・ライドサービスのリアルな課題と対策

米国アスペン・パブリック・ラジオが報じたところによると、グレンウッドスプリングス市では、市内のオンデマンド相乗りバスサービスが提供されています。このサービスは2025年5月に開始され、初月に7,000回、ピーク時には月間8,300回もの利用を記録するほど需要が急増しました。(出典:Aspen Public Radio,「On-demand ride service expands in Glenwood Springs」https://www.aspenpublicradio.org/government/2026-01-21/on-demand-ride-service-expands-in-glenwood-springs

この事例が示す課題と、それに対する市の対応は、日本の地方交通の現場と共通しています。

1. ラストワンマイル需要の急増とサービス品質の維持

サービスが無料または非常に安価である場合、利用者(観光客および住民)の利便性が高まる反面、需要が供給能力を上回り、ピーク時には30分以上の待ち時間が発生しました。これはサービス品質の低下を招き、移動の「不便」を再び生み出す結果となります。市はこれに対し、車両を増強するという短期的な対策を打ちました。

2. グラント依存と持続可能性の欠如

このサービスは主にRoaring Fork Transportation Authority(RFTA)などの組織からの補助金(グラント)で賄われていましたが、この財源は2027年に終了する予定です。補助金終了後のサービス継続方法が、市議会で大きな懸念事項となりました。

3. 既存産業との摩擦と市場の調整

市議会では、無料のオンデマンドサービスが既存のタクシー事業に大きな影響を与え、売り上げを「大幅に減少させている」という現場の声が上がりました。これは、日本でライドシェアを導入する際に避けられないタクシー業界との共存問題と全く同じ構造です。

持続可能性を確保する収益化戦略:移動データの活用

グレンウッドスプリングス市が検討している次のフェーズの対策は、日本の観光MaaSのROI設計に非常に重要です。市は以下の収益化戦略を検討しています。

  • 少額運賃の導入:将来的に1ドル程度の運賃導入を再検討し、利用者に一定の負担を求める。
  • ゾーン料金・デマンド料金の検討:移動距離や時間帯(需要のピーク時)に応じて料金を変動させるダイナミックプライシングの導入。
  • 地元企業・組織との提携とスポンサーシップ:移動サービスを地域企業のマーケティングやCSR活動と連携させ、財源を確保する。

これらの戦略の根幹にあるのは、移動データの活用です。デマンド料金やゾーン料金を最適に設定し、収益を最大化するには、「いつ、どこで、どれだけの人が移動を必要としているか」という詳細な運行・利用者データを正確に把握する必要があります。

観光MaaSの導入初期は補助金で賄われても、その間に得られた移動データを分析し、地域の交通需要曲線や観光客の行動パターンを割り出すことで、料金体系を設計し、持続的な収益を生み出すビジネスモデルへ移行することが、投資回収(ROI)の鍵となります。

(あわせて読みたい:ラストワンマイルDXの核心:移動データが導く観光収益の最大化と持続性

規制緩和と技術実装:ラストワンマイル解消の選択肢

日本においては、ライドシェアや自動運転、電動モビリティの導入は、主に「道路交通法」や「道路運送法」といった規制の枠組みの中で進められています。グレンウッドの事例が示したように、新しい移動サービスは、規制緩和なくして現場の課題解決に貢献できません。

1. ライドシェアと自家用有償運送の進化

地方における「生活の足」と「観光の足」の確保のため、日本国内では2024年以降、タクシー事業者の管理下でのライドシェア(地域限定型)や、自家用有償運送の枠組み拡大が本格化しています。

これは、タクシー事業者が供給不足を補うために、一般のドライバーや自家用車を活用できるようにするものです。この動きは、特に地方や過疎地で顕著なドライバー不足(29%にも上る人材不足の構造)に対し、非常に迅速な解決策を提供します。

しかし、グレンウッドの事例にもあるように、無料または極端に安価なサービスが市場に流入すると、既存のタクシー事業者の経営を圧迫する可能性があります。持続可能性を考えるならば、単に規制を緩和するだけでなく、新しい移動サービスが既存の交通インフラ(タクシー、バス)と協調し、最終的に地域全体の移動総量と収益を増やす仕組み(例:タクシー事業者がMaaSプラットフォームを運営し、効率化によって収益を上げる)を構築する必要があります。

2. 自動運転と電動モビリティ(キックボード等)の役割

自動運転技術は、長期的にはドライバー不足という根本的な課題を解決する究極の手段です。現在、限定されたエリアでの自動運転バスや、レベル4自動運転サービスの実証実験が進められています。特に観光地においては、事前に定められたルート(例:観光施設周遊、空港/駅からホテル間)での活用が期待されます。

一方、電動キックボードや電動アシスト自転車などの「マイクロモビリティ」は、特に都市部や観光地内の「超ラストワンマイル」(数百メートル~数キロメートル)の移動を劇的に改善しました。これらのモビリティは、道路交通法の改正によって特定の条件下でヘルメット着用が任意になるなど、利用ハードルが下がり、観光客の利用が増加しています。

これらの電動モビリティの導入において重要なのは、データに基づく配置と管理です。どこに需要があり、どこに返却されやすいかというデータを収集・分析することで、過剰配置による景観の悪化や、放置による住民の迷惑といったオーバーツーリズム的な側面を抑制し、効率的な運営を実現する必要があります。

移動データが観光マーケティングにもたらすROI

観光MaaSやオンデマンド交通サービスが提供する最大の価値は、単なる移動の効率化だけではありません。それは、これまで収集が困難だった「観光客のオフライン行動データ」の取得を可能にすることです。

宿泊施設や決済データは、購買や滞在に関する情報を提供しますが、移動データは、観光客が「どこに興味を持ち、どれくらいの時間滞在し、何を消費しなかったか」を明らかにします。

1. デマンド予測と収益最適化

移動データを活用することで、自治体や交通事業者は以下のROI向上を実現できます。

  • 運行最適化:時間帯や曜日、天候、イベント情報と紐づけて需要を予測し、車両の最適な配置や運行ルートをリアルタイムで決定。運行コストを最小化し、利益率を向上させる。
  • デマンド料金設定:グレンウッドの事例のように、需要が高い時間帯やエリアにデマンド料金を適用することで、収益を最大化し、同時に利用者の分散を促す。

このデータ駆動型のアプローチは、補助金に頼らない持続可能な運営体制を築くための基盤となります。(あわせて読みたい:移動の不便を収益に変える鍵:ライドシェア・自動運転が創る持続可能な未来

2. 観光体験の設計と投資判断の高度化

移動データは、地域の観光マーケティング戦略に直接還元されます。

  • 隠れたニーズの特定:「A地点からB地点への移動は多いが、公共交通機関がない」というデータは、そこに新しい観光体験(例:セルフガイドツアー、特定のショップ)やインフラ投資(例:休憩所の設置)のポテンシャルがあることを示します。
  • 周遊促進と消費額向上:観光客の移動がスムーズになることで、滞在時間が延長し、立ち寄るスポットが増えます。この周遊パターンを分析し、最適なMaaSパスや観光ルートを提案することで、地域内での消費総額(DMOのKGI)を向上させることができます。

このように、移動データを「次なる投資」や「マーケティング施策」の根拠として活用することで、MaaSシステムは単なる費用(コスト)ではなく、地域全体の収益向上に貢献する戦略的なデータハブへと転換します。

地域住民の「生活の足」としての持続可能性

観光MaaSの導入において、しばしば「観光客の利便性」が強調されがちですが、サービスの持続性を担保するのは、安定した需要と、地域社会からの受容です。

グレンウッドの事例でも、「無料サービスがタクシー事業を圧迫している」という懸念が示されたように、新しい交通手段が地域住民の生活の足として機能するためには、既存の交通インフラ、そして住民の生活サイクルとの調和が不可欠です。

共存のための設計思想

観光MaaSを住民の生活インフラとして持続させるための鍵は、オフピーク需要の確保公平な価格設定です。

  • オフピーク時の料金優遇:観光客の利用が集中する日中や特定シーズンとは異なる時間帯(早朝の通勤・通学、夜間の帰宅)に、地域住民に対して優遇された料金や定期券を提供することで、車両の稼働率を年間を通じて平準化し、安定的な収益基盤を築きます。
  • サービス提供エリアの明確化:観光客向けのサービスと、交通弱者のための公共交通的なサービス(福祉輸送など)の提供エリアや料金体系を明確に分けることで、税金や補助金が「誰のどのような移動」に使われているかを透明化し、地域住民の理解を得る必要があります。

最終的に、観光MaaSは、地域住民にとっては「必要な時に利用できる信頼性の高い移動手段」であり続け、観光客にとっては「地方の奥深くまでアクセスできる利便性」を提供することで、初めて持続的な地域経済の成長に貢献できるのです。

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