はじめに:海外メディアが報じる日本の観光の「質的変化」と地方分散の現実
2025年、日本のインバウンド市場は記録的な水準を更新し続けていますが、海外の主要メディアや業界レポートは、単なる訪問者数の増加だけではなく、訪日客の旅行スタイルにおける質的な変化に注目しています。特に注目されているのは、従来型の「ゴールデンルート」(東京・大阪・京都)を離れ、地方の自然や文化、アドベンチャー体験を求める「分散型観光」の台頭です。
この変化は、日本各地に経済的な恩恵を分散させるチャンスである一方、地方の観光地が抱える構造的な課題、特に「移動の不便さ」と「体験のデジタル化の遅れ」を浮き彫りにしています。本稿では、オーストラリア市場の動向を報じた海外記事を起点に、海外から見た日本の評価軸の変化を分析し、地域が今すぐ取り組むべきデジタルトランスフォーメーション(DX)の具体的な方向性を提示します。
海外から見た日本の評価軸:「ゴールデンルート」から「地方文化とアドベンチャー」へ
観光産業は、単なる歴史遺産や都市の魅力を楽しむフェーズから、地域の自然、文化、そして生活に深く入り込む「体験型」へとシフトしています。この流れは、特に欧米圏やオセアニア市場からの訪日客で顕著です。
オーストラリアの旅行メディアである『Travel Weekly』は、2025年にオーストラリアからの訪日客数が初めて100万人を突破したというデータを公表し、その背景にあるトレンドを詳しく報じました。(参照:More than 1 million Australian visitors hit Japan’s shores in 2025 – travelweekly.com.au)
評価されている「新しい日本」の側面
この報道の中で、日本政府観光局(JNTO)シドニー事務所の関係者は、評価されている日本の側面として以下の点を挙げています。
- 地方への分散と滞在の深化:東京、大阪、京都といったゴールデンルートに加え、福岡、岐阜、新潟、岩手といった地方の滞在が著しく増加していること。これにより、経済効果の全国的な分散が始まっていることが確認されています。
- 野生とアドベンチャー活動の受容:「Japan’s wilderness and adventure activities(日本の大自然とアドベンチャー活動)」が旅行者に受け入れられている点。ハイキング、サイクリング、沿岸キャンプなどが具体的な活動として挙げられています。
- オーセンティックな文化体験:伝統的な旅館への宿泊、地元の工芸ワークショップへの参加、僧侶との座禅体験、地方の祭りの見物など、地域に深く根ざした体験が重視されています。
つまり、海外の旅行者は、利便性が高い大都市の景色から、「不便だが価値のある、本物の地域体験」へと、関心を移しているのです。この傾向は、地方自治体や観光協会にとって、地域固有の資源を高付加価値化し、持続的な収益源とするための明確なヒントとなります。
記事が指摘する日本の観光地の「改善点・弱点」
地方分散化は理想的ですが、現場の現実を見ると、この高まる需要を収益に結びつける上での構造的な弱点が顕在化しています。
1. 地方における「ラストワンマイル」の移動困難性
旅行者が岩手や岐阜のような地域でアドベンチャーや文化体験を求めるとき、その目的地は多くの場合、公共交通機関の整備が脆弱な「ラストワンマイル」に位置します。都市間の移動は新幹線や高速バスで比較的スムーズに行えますが、主要駅や空港から、実際に体験が行われる山奥の温泉旅館、伝統工芸の工房、またはハイキングの起点までの移動手段が非常に限られています。
この移動の不便さは、単に旅行者の体験の質を低下させるだけでなく、時間的なコスト増や予期せぬトラブルを招き、結果として地方のコンテンツの魅力を大きく減殺します。特に多言語対応が不足している地方では、移動に関する情報不足が深刻な壁となります。
2. 潜在的な高付加価値コンテンツの「予約・情報」のアナログ性
伝統的な旅館や工芸ワークショップといった「オーセンティックな文化体験」の提供者は、多くが小規模事業者であり、デジタル予約システムや多言語での情報発信に十分なリソースを割けていません。結果として、海外の富裕層や体験重視の旅行者が求める高付加価値な体験が、オンラインで見つからず、予約もできない状態が生まれています。
海外の旅行者は、情報収集から予約、決済までをデジタルでシームレスに行うことを前提としています。このアナログな現状は、せっかく分散化の波が来ているにもかかわらず、高単価の旅行客の取りこぼしにつながり、地方経済への収益(ROI)を最大化できていません。
3. データ連携の欠如による収益と持続可能性の欠如
現在、地方に訪れる旅行者の情報は、宿泊、交通、体験の各事業者間で分断されています。旅行者がどこから来て、どの移動手段を利用し、どの場所でどれだけの時間を過ごし、何に消費したか、という一連の行動データが地域全体で統合されていません。
データが統合されなければ、地域側は「この体験のために、移動手段をどれだけ増強すれば、収益がどれだけ向上するか」という投資判断を正確に行えません。需要予測もできず、結果として人手不足の現場に過度な負担をかけるか、逆に機会損失を生むという、持続可能性を欠いた運営に陥ってしまいます。(あわせて読みたい:海外が注視する観光の弱点:市場リスクと移動不便をDXで収益化する道)
地域側が今すぐ取り組むべきDX戦略:分散型観光の収益基盤の構築
地方分散化の流れを持続的な収益に結びつけるためには、単なるツールの導入ではなく、上記で挙げた「移動の壁」と「体験の非効率性」を破壊し、データ駆動型での意思決定を可能にするDXが不可欠です。
DX戦略1:地方の「移動」を収益源に変えるMaaS 2.0の実装
地方におけるDXの最優先事項は、二次交通、すなわちラストワンマイルのデジタル化です。
これは、単にアプリでバスを呼べるようにする、というレベルに留まりません。地方空港や新幹線駅などのゲートウェイと、実際に宿泊・体験が行われる地域を結ぶ「移動体験の統合型データプラットフォーム(MaaS 2.0)」を構築する必要があります。
- オンデマンド交通とAIによる需要予測: 地方の限られたリソース(車両、運転手)を効率的に配分するため、旅行者の予約データ(宿泊、アクティビティ)と連動したオンデマンド交通システムを導入します。AIが、季節、曜日、予約数から需給を予測し、運行計画を最適化することで、運行コストの削減と、利用者への待ち時間ゼロ体験を提供します。
- ゲートウェイでの移動DX: 地方の玄関口(例:岩手県の花巻空港、岐阜県の高山駅など)で、到着時に自動的に予約情報と連携した「移動パス」を発行します。これにより、言語の壁なしに、最終目的地までの予約、決済、乗車がシームレスに行えるようにします。
このMaaS 2.0によって、地方での「移動の不便」を解消するだけでなく、誰が、いつ、どこから、どこへ移動したかという動態データを取得できます。このデータこそが、今後の観光投資(例:新たな体験コンテンツ開発や交通インフラの増強)のROIを測る上で最も重要な指標となります。
DX戦略2:「体験認証」と「動態管理」のデジタル化で高付加価値化を図る
オーセンティックな文化体験を収益化するためには、そのコンテンツの「希少性」と「真正性」をデジタルで担保する必要があります。地方のアクティビティ提供者が、アナログな予約管理から脱却し、デジタルな「体験認証」システムを導入することが急務です。
- 統合予約・決済プラットフォームの標準化: 地域内の伝統工芸ワークショップやガイド付きの自然体験など、すべての高付加価値コンテンツを一つのプラットフォームで予約・決済できるように統一します。重要なのは、各事業者が安価に導入でき、多言語対応が標準搭載されていることです。
- Web3基盤を活用した「真正性」の証明: 地域の歴史的な場所や、伝統工芸品、特定の文化体験に参加した履歴を、NFTなどのブロックチェーン技術を活用して旅行者のデジタルIDに紐づけます。これにより、単なる体験ではなく、「地域公認のオーセンティックな体験を記録した」という付加価値が生まれます。これは、特に富裕層や熱心なリピーターに対する強力な訴求点となり、高単価の設定を正当化する根拠となります。
このデジタル化により、地方の小規模事業者は、在庫管理の効率化だけでなく、海外の旅行者に直接リーチし、適正な価格でサービスを提供できるようになります。現場スタッフは予約確認や決済手続きに煩わされることなく、サービスの提供自体に集中できるため、労働生産性の向上にも直結します。
DXによる収益(ROI)と持続可能性の確保
海外メディアが指摘するように、地方分散は観光立国日本の次の成長の鍵です。しかし、この分散を持続的な成長軌道に乗せるためには、「どれだけ稼げているか」「地域社会と共存できているか」という視点が不可欠です。
収益(ROI)の最大化
上記の移動・体験DXによって得られた統合データは、以下の収益最大化を可能にします。
- 動的価格設定(ダイナミックプライシング)の最適化: 取得したリアルタイムの需要データに基づき、移動サービスや体験コンテンツの価格を最適化します。混雑時間帯やピークシーズンには適正な高価格を設定し、収益を最大化できます。
- 隠れたニーズの発見と商品化: これまで見えなかった旅行者の行動パターン(例:新潟県を訪れる人は、特定の日本酒蔵の体験と、その後に特定のサイクリングルートを好むなど)を分析することで、それらを組み合わせた高付加価値なパッケージツアーや、新たな移動手段を開発し、追加の収益源を確保します。
持続可能性(サステナビリティ)の確保
DXは、オーバーツーリズムのリスクを軽減し、地域住民の生活との調和を図る上でも決定的な役割を果たします。
- 混雑の可視化とコントロール: 移動・体験データから特定の時間帯や地域での混雑状況を正確に把握し、その情報を旅行者にリアルタイムで提供することで、自発的な行動分散を促します。また、収益を最大化しつつ、地域住民の生活道路や公共サービスへの影響を最小限に抑える運行・予約調整が可能になります。
- 地域住民への経済的還元: 観光収益が具体的にデータで示されることで、観光が地域経済へ貢献していることが住民に可視化されます。この透明性こそが、観光客受け入れに対する住民の理解と協力(ホスピタリティの維持)を確保する基盤となります。
地方の観光現場が、海外メディアの「地方分散化」というポジティブな評価を単なる一過性のブームで終わらせず、長期的な収益基盤とするためには、移動と体験のデジタル化を「必須のインフラ投資」と位置付け、速やかに実行に移すことが求められています。


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